ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(7)

(3)非人道的で原始的な迷信
ガディマイ祭の動物供犠は「残酷」で「非人道的」であり,「動物の権利」「動物の福祉」の侵害だという動物愛護主義者からの非難。欧米の動物愛護運動とヒンドゥー教の非殺生運動とが連携しており,組織的・戦略的であって声も大きく,近年,急速に力を増している。

たとえば,彼らは仏女優ブリジット・バルドーや英女優ジョアンナ・ラムリーら著名人を押し立て,インターネットもフルに利用して反対運動をグローバルに繰り広げる一方,ネパール政府や各国在ネパール大使館に,直接,中止要求書を突きつけたりもしている。彼らの主張は,以下の通り。

141122d141122a
 ■ブリジット・バルドー基金の反ガディマイ祭運動(同HP)

141122c ■J・ラムリーの反ガディマイ祭運動(Demotix,2014-10-11)

[1]動物は意識と感情を持つ
「動物は,単に利用・虐待されてよいものではなく,痛みや苦しみを感じることの出来る感情をもつ生き物である。」(k)
「科学的に証明されているように,人間と同様,動物もまた意識をもち,感情をもっている。したがって,動物は,これまでとは別の方法で扱われるべきだ。このことは,様々な古いヒンドゥー教典にも述べられている。・・・・無実な動物を,われわれは苦しめているのだ。」(p)
「動物はたいへん知的で意識をもつ生き物であることを忘れてはならない。」(b)

[2]残虐で非人道的
「2009年祭の目撃者によれば,動物たちには,供犠まで何日間も水もエサも与えられない。多くの若い動物たちが,ストレス,極度の疲労,脱水のため,供犠開始前にすでに死んでしまっていた。その死体は生きている動物たちの間に放置されていた。誰もが,ナイフや[ククリ]刀,あるいは他のどうのようなものを使用してでも,どの動物を殺してもよかった。屠殺は経験不足でありナイフの切れ味も鈍かったので,多くの動物が耐えられないほどの長時間の暴力的な死の苦しみを受けざるをえなかった。・・・・多くの水牛が逃げ回った。子水牛は悲しそうに鳴き,母水牛を探して血の海の中を歩き回り,そして屠殺者に切り倒された。この大殺戮を生き延びた動物は,皆無であった。」(k)
「動物は,あらかじめ失神させることなく,極度の恐怖と苦痛を与えつつ残虐に屠殺された。」(k)
「この最悪の大虐殺により付近一帯は血の泥濘となり,動物の頭がいたるところに散乱し,動物たちの苦しみのほどを思い知らせる。これで女神が願いを叶えてくれるというのだ。」(i)
「血に飢えたガディマイ女神・・・・。この動物屠殺は動物の基本的福祉に反する。」(d)
「血と悲鳴と無情の狂乱」(b)
「動物の基本的福祉が損なわれている。」(c)
「これまでは僧と商売人が,もっと動物を連れてきて,もっと殺せ,と言っていた。いまこそ関心をもつすべての市民が声をあげ,宗教の名による非人道的な殺戮をやめさせるべきだ。」(h)
「動物権利擁護運動は道徳十字軍にしてかつ社会運動でなければならない。」(d)

[3]原始的な迷信
「本質的に迷信であり,時代遅れの考え方」(q)
「この原始的な伝統を全廃せよ。」(d)
「[動物供犠により]力(शक्ति)が得られるという伝統的な考え方」(p)

以上のような動物愛護の観点からのガディマイ祭非難は,むろんいくつかの基本的な留保はつけなければならないが,実際には,動物愛護どころか,むしろ人間中心主義の無反省な偽善といわざるをえない。

[参照資料]
 [b]Shristi Srestha,”Buddha and Bloodbath.” http://www.myrepublica.com/portal/index.php?action=news_details&news_id=83135
 [c]Chahana Sigdel,”Gadaimai slaughter: Bihar, UP asked to check animal flow into Bara,” Ekantipur, Oct.13, 2014
[d]Rukmini Sekhar,”Gadhimai Festival: Harvest of Blood,” 05 October 2014. http://www.dailypioneer.com/sunday-edition/agenda/for-a-cause/gadhimai-festival-harvest-of-blood.html
 [h]“Gadhimai Festival(Animal Sacrifice) In Nepal.” http://omoewi.blogspot.jp/2013/02/gadhimai-festival-animal-sacrifice-in.html
 [k]“Mass animal sacrifice at Nepal’s Gadhimai FestivalTue,” Sep 23, 2014. http://asiaforanimals.com/coalition-voice/latest-news/item/100-mass-animal-sacrifice-at-nepal-s-gadhimai-festival
 [p]“Rivers of blood,” http://www.ekantipur.com/the-kathmandu-post/2014/10/15/oped/rivers-of-blood/268565.html
 [q]“Gadhimai (The Temple of Sacrifice),” Sep.18, 2009, http://xplornepal.blogspot.jp/2009/09/gadhimai-temple-of-sacrifice.html

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/22 at 12:04

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(6)

(2)ヒンドゥー教の不殺生の教えに反する
ヒンドゥー教の中からは,ガディマイ祭はヒンドゥー教の不殺生(अहिंसा)の教えに反するという批判がなされている。たとえば,「ネパール・ヒンドゥーフォーラムUK」のスルヤ・ウパダヤ議長は,「無辜の動物たちを宗教の名をもって非人道的で野蛮な生贄にすることは,断じて許されない」と厳しく非難している(l)

たしかに,ヒンドゥー教(「マヌ法典」など)には不殺生の教えがあり,一般に肉食は嫌われ,なかには一切の殺生を忌避する原理主義的ベジタリアンもいる。ヒンドゥー教徒が多数のインドでは,国民の約6割が多かれ少なかれベジタリアンであり,食事も非ベジタリアン用とは区別されている。食品には,一目で分かるように法令で下注のようなベジタリアン印(),非ベジタリアン印()の表示が義務づけられている。インドは殺生が最も忌み嫌われている国の一つといってよいであろう。

141119a 141118c 
 ■ ベジタリアンガイド / 印マックの菜食・非菜食峻別(http://vivekvaidya.com/)

しかし,その一方,ヒンドゥー教の教えの中には,神々への動物供犠や供犠後動物を食べることを積極的に勧めているところもある。ダサイン祭や,ダクシンカーリーなど各地のヒンドゥー寺院で,動物供犠がさかんに行われてきたのは,それゆえである。むしろ,ヒンドゥー教の神々ほど血なまぐさい神々は珍しいとさえ言ってもよいであろう。 (参照:血みどろのゴルカ王宮

したがって,ヒンドゥー教徒の中の不殺生を信条とする人々が,自らの信条に従って動物供犠をしないこと,あるいはまた動物供犠に反対することは自由だが,その信条をそうした信条をもたない人々にまで政治的に力をもって強制することは許されない。神々の争いは,神々の世界にとどめるべきである。

なお,蛇足ではあるが,不殺生をいうなら,動物だけではなく,生命をもつ他の「生物」をも殺して食べられないことになる。麦,米,野菜などの植物も動物と同様,生命をもつ。ましてや発酵食品ともなると,生きて働く無数の微生物を殺して食べることになる。モーツアルトを聴かせると熟成し美味しくなるという説もあるくらいだから,微生物にも「感覚」や「感情」があり,殺されると「苦しむ」はずだ。

人間は,他の生命を犠牲にせずして生きることは出来ない。それが人間の業である。

(注)インドの食品包装表示法
FOOD SAFETY AND STANDARDS (PACKAGING AND LABELLING) REGULATIONS, 2011
4. Declaration regarding Veg or Non veg
(i) Every package of “Non Vegetarian” food shall bear a declaration to this effect made by a symbol and colour code as stipulated below to indicate that the product is Non-Vegetarian Food. The symbol shall consist of a brown colour filled circle having a diameter not less than the minimum size specified in the Table mentioned in the regulation 2.2.2 (4) (iv), inside a square with brown outline having sides double the diameter of the circle as indicated below : Brown colour
(ii) Where any article of food contains egg only as Non-Vegetarian ingredient, the manufacturer, or packer or seller may give declaration to this effect in addition to the said symbol.
(iii) Every package of Vegetarian Food shall bear a declaration to this effect by a symbol and colour code as stipulated below for this purpose to indicate that the product is Vegetarian Food. The symbol shall consist of a green colour filled circle, having a diameter not less than the minimum size specified in the Table below, inside the square with green outline having size double the diameter of the circle, as indicated below : Green colour

 141119b ■非ベジ・ベジ識別マーク

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/19 at 15:44

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(5)

4.ガディマイ祭反対運動
世界最大の動物供犠,ガディマイ祭に対しては,前回2009年頃から,ネパール内外で激しい反対運動が繰り広げられるようになった。

反対の論拠は,大別すると三つ。第一の論拠は,この祭がダリット差別を助長してきたというもの。第二の論拠は,動物を殺すことは,ヒンドゥー教の教えに反するというもの。そして第三の論拠は,供犠名目の動物殺戮は非人道的というもの。第二と第三の反対論には重複する部分が多いが,ここでは一応区別して議論することにする。

141118a ■ガディマイ祭反対FB

(1)ダリット差別の助長
最下層の被差別民であったダリットは,ガディマイ祭がダリット差別を助長してきたとして,この祭に反対している。

Ekantipur記事(2014-10-28)によれば,かつて供犠後の水牛は放置され,これをダリットは持ち帰ってもよいことになっていた。地域のダリット指導者マハント・ラムはこう語っている。「一般にチャマール[下注参照]は5年に一度だけ水牛の肉を食べてよいと考えられており,これが差別を助長してきた。」

このことは,前述のように,前々回(2004年度)までは,供犠後の動物は,連れてきた参拝者だけでなく他の誰でも自由に持ち帰ることができたという証言(f)もあるから,地域の長年の慣行であったと見てよいであろう。供犠動物は女神へのお供えであり,また供犠・分配後の残り物は不可触民として差別されてきた最下層ダリットへの5年に一度の施しでもあったのだ。

これに対し,供犠後の不衛生な残り物を施されるのは「差別」だと憤り,バラ郡やパルサ郡のダリット共同体は,供犠後動物拒否運動を始めた。「チャマルも社会の変化に気付き始めた」とマハント・ラムは述べている(o)。

ガディマイ祭反対運動として最も説得力があるのは,このダリット共同体の反対運動である。供犠・分配後の残り物を施すなどといった,文字通り「非人間的」で「反人権的」な差別的慣習の温存は許されるはずがない。

しかし,その一方,こうしたダリット共同体の供犠後動物拒否運動が,ガディマイ祭商業化の要因の一つともなっているのではないか,とも思われる。ダリットにタダで恵むよりも売却した方が得ということ。

もしそうであるなら,皮肉なことに,ダリットのガディマイ祭反対運動が成功すればするほど,それだけ祭が商業化・資本主義化し盛大となるのを助長する結果になってしまう。

そして,商業化すれば,今度は,巧みな宣伝に煽られ,数ヶ月分もの収入を購入費に充てるなど,無理してヤギや水牛を買い,供犠のために連れてくる多くの信心深い人々が,祭を牛耳る有力者らの食い物にされてしまうことになる(h)。たとえば,こんな話もある。

「ネパール政府はガディマイ祭に450万ルピーを援助しているが,その援助に見合うだけの効果はあるのか? 私の見る限り,利益を得ているのは,祭実行委員会と商売人だけだ。われわれの調査中,ある人がうっかり口を滑らせ,自分は祭司家族とコネがあるので駐車場入札でうまくいった,ともらした」(f)。

このように,商業化すればするほど,宗教を利用した民衆搾取は大規模となる。しかし,これは伝統的なカースト差別ではないから許される,ということにはなるまい。これは新しい形の半資本主義的な不正・腐敗であり,この観点からの批判も,ダリット差別の観点からの批判と同様,十分な根拠があり正当であるといってよいであろう。

(注)
チャマール  Chamar, widespread caste in northern India whose hereditary occupation is tanning leather; the name is derived from the Sanskrit word charmakara (“skin worker”).[....] Members of the caste are included in the officially designated Scheduled Castes (also called Dalits); because their hereditary work obliged them to handle dead animals, the Chamars were among those formerly called “untouchables.”(Encyclopadia Britannica)

ネパールのチャマール人口
141118 (Shyam Sundar Sah, AN ETHNOGRAPHY STUDY OF CHAMAR COMMUNITY: A CASE STUDY OF SIRAHA DISTRICT, March, 2008)

[参照資料]
 [f]Dilip D Souza,”The Goddess Beckons,” December 2009,Himal
 [h]“Gadhimai Festival(Animal Sacrifice) In Nepal.” http://omoewi.blogspot.jp/2013/02/gadhimai-festival-animal-sacrifice-in.html
 [o]“Dalits to boycott animal carcass,” ekantipur,2014-10-28

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/18 at 13:25

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(4)

3.ガディマイ祭の催行
ガディマイ祭は,実際には見ていないので,以下はネット記事などのとりまとめにすぎない。また,祭礼催行方法は,1990年民主化以降,とくに前々回1999年頃から大きく変化し始めたようなので,関連記事にも混乱が少なくない。いずれが事実かにわかには判別しがたいので,様々な情報をできるだけ整理して紹介するにとどめたい。矛盾や繰り返しもあろうが,ご容赦願いたい。

(1)ガディマイ寺院
現在のガディマイ寺院は,1993年(2050年),ケドゥ・チョーダリ・タルーが,バグワン・チョーダリを記念して建立したもの。

それ以前にこの場所に何らかの建造物があったかどうかは不明だが,寺院の側にはココナツを割るための大きな石がある。ココナツは,ダクシンカーリーなど他の寺院でもよく見られる供物であり,バリヤルプルでも,古くは,地元の人々がこの石の上で割ったココナツと幾ばくかの生贄を捧げ,ガディマイ女神の加護を祈っていたのであろう[a]。

そうした古来の素朴な宗教儀式が,1990年の民主化や1993年の寺院建立を転機に大きく変化し,現在のような「世界最大の動物供犠祭」になったのではないかと思われる[b]。

141117a 141117b
 ■2050年建立のガディマイ寺院(Himalayan 2009-11-22)/ 女神とココナツ(gadhimai.info)

(2)ガディマイ祭実行委員会
ガディマイ祭も,他の祭と同様,近代化以前は,おそらく地域の村共同体が村の行事として執り行っていたのだろうが,現在は,「ガディマイ祭実行委員会」が組織され,祭の運営に当たっている。

2009年度のガディマイ祭実行委員会は,委員総数1000,小委員会15。2014年度の体制はよく分からないが,実行委員長はラム・チャンドラ・シャハで,近くの村々に村実行委員会が組織されているという[c,d,e]。

実行委員会は,本部がそれぞれの村の実行委員会に協力を要請する。2009年の場合,1村(VDC)当たり動物1000頭(内訳不明)の奉納が求められ,その見返りとして各村には祭の収入から分配金が支払われた。2014年度は,奉納動物をさらに増やし,祭を盛り上げ,収入増を図りたいという[f]。

(3)ネパール政府
ネパール政府は,ヒンドゥー教国家であった頃は,他の祭と同様,ガディマイ祭に関与することにも何ら問題はなかったはずだが,民主化以後,特に2007年の世俗化以後は,この祭を宗教儀式ではなく地域の「文化行事」と見なすことにより,政府として様々な援助を行ってきた。

たとえば祭への政府助成金は,2009年度450万ルピー。他に,寺院周辺(3~6km)の家畜への疫病予防接種,供犠後動物の処理施設の改善など。また2014年度には,動物検疫所も何カ所か設置する予定だという[f,g]。

しかし,このようにして政府が関与すると,ガディマイ祭反対派からの非難攻撃をもろに受け,ガディマイ祭が政治問題化することは避けられない。ガディマイ祭は,今年の参拝者が500万人とも1千万人ともいわれる大行事であり,祭が実施される以上,治安や衛生の面からも,実際上,政府は関与せざるをえない。が,関与すれば政府は非難される。政府にとって頭の痛い難問である。

(4)商業化
ガディマイ祭も,他の動物供犠と同様,つい最近までは宗教儀式として執り行われていたにちがいない。供犠後の水牛の肉も,2009年度ガディマイ祭実行委員会事務局のモティ・ラル・クスワによれば,以前は希望者に無料で配布されていたという(2004年であれば4千頭)。

ところが,2009年度について,彼は「肉と皮を競売し,2千万ルピーの収入を得たい」と言っている。実際にどの程度の収入だったのか分からないが,相当の儲けが出たことは確かなようだ。祭には,他にも見物料や出店料あるいは参拝者からの寄進など様々な収入もあり,これらはバラ郡の開発に当てられるという(f)。

これは,明らかにガディマイ祭の変質。祭の「見世物(ショー)化」「商業化」である。

(5)祭礼の開始
ガディマイ祭は,次のようにして開始される(一部既述)。

マンシール月第2サプタミの日(今年は11月28-29日)の未明,ブラフマ・ババ寺院の大きな菩提樹の下に運び出されたガディマイ女神像の前で,村の祈祷師(ドゥガ・カチャディヤの子孫)が,バグワン・チョーダリの子孫とともに,お祈りを始める。

しばらくすると,ガディマイ女神が目覚め,大きな壺のギー灯明に自ずと灯がともる。そして,この目覚めた女神に,人間の身体の5カ所(胸,舌,目の下,あご,腕)の血と,5種類の動物(ネズミ2,ハト2,ブタ1,ニワトリ1,子羊1ないし水牛1)の生贄を捧げ,また供犠で使用されるククリ刀にもお祓いをする。

これが済むと,寺院近くの広場で動物供犠が開始される(a,h,i,j)。

(6)動物供犠の実行
ガディマイ寺院近くの供犠場広場に連れてこられる動物は,総数20~50万。
 水牛=1万4千(2004年),2万(2009年)
 ヒツジ=5~30万(2009年)

ククリ刀などで動物供犠を実行する係は,200~400人。また,25ルピーを払い入場すれば,誰でも自分の手で供犠を実行できるという。参拝者総数は,100~500万人(2009年)。

以上が事実だとすると,たしかに「世界最大の動物供犠」。寺院周辺が血みどろの修羅場と化すのは当然といえよう(d,h,i,k,l,m,n)。

141117c ■動物供犠の見物(neostuff.com/2014/10/12)

(7)動物供犠の終了
やがて(2日後?),大きな壺の中のギー灯明が自ずと消え,ガディマイ女神は退去,祭の終了が告げられる。ここで動物供犠は停止され,生き残った水牛には耳に印をつけ,次の祭まで飼育される(j)。

供犠後の動物の肉や皮や骨の利用については,前述のように2009年の前回から商業化が進み,カトマンズの商人らに売却し,利益は寺院維持や地域開発に回される。

[参照資料]
 [a] Merritt Clifton, “The Origin of the Gadhi Mai Sacrifice.” http://www.animals24-7.org/2014/03/12/427/
 [b]Shristi Srestha,”Buddha and Bloodbath.” http://www.myrepublica.com/portal/index.php?action=news_details&news_id=83135
 [c]Chahana Sigdel,”Gadaimai slaughter: Bihar, UP asked to check animal flow into Bara,” Ekantipur, Oct.13, 2014
 [d]Rukmini Sekhar,”Gadhimai Festival: Harvest of Blood,” 05 October 2014. http://www.dailypioneer.com/sunday-edition/agenda/for-a-cause/gadhimai-festival-harvest-of-blood.html
 [e]“Gadhimai-fair celebration committee formed,” 03 November 2014,Nepalnews.com
 [f]Dilip D Souza,”The Goddess Beckons,” December 2009,Himal
 [g]“Action plan readied to manage animal sacrifice: Gadhimai festival,” Ekantipur,2014-10-22
 [h]“Gadhimai Festival(Animal Sacrifice) In Nepal.” http://omoewi.blogspot.jp/2013/02/gadhimai-festival-animal-sacrifice-in.html
 [i]“Nepal’s Gadhimai festival draws animal blood and millions of visitors.” http://www.thealternative.in/society/nepals-gadhimai-festival-draws-animal-blood-and-millions-of-visitors/
 [j])Ravi M. Singh, “The Five-Year Animal Sacrifice,” Sep.25.2013. http://ecs.com.np/features/the-five-year-animal-sacrifice
 [k]“Mass animal sacrifice at Nepal’s Gadhimai FestivalTue,” Sep 23, 2014. http://asiaforanimals.com/coalition-voice/latest-news/item/100-mass-animal-sacrifice-at-nepal-s-gadhimai-festival
 [l]“Nepal Must Stop Inhumane Sacrificial Slaughter.” http://action.ciwf.org.uk/ea-action/action?ea.client.id=119&ea.campaign.id=29144&ea.tracking.id=7774353c&utm_campaign=slaughter& utm_source=actionemail&utm_medium=email&forwarded=true
 [m]D.M. Murdock, “‘Tis the season for slaughter,” November 27, 2009. http://www.examiner.com/article/tis-the-season-for-slaughter
[n]“Hindu sacrifice of 250,000 animals begins.” http://www.theguardian.com/world/2009/nov/24/hindu-sacrifice-gadhimai-festival-nepal

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/17 at 12:08

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(3)

(2)260年前始原説
最も流布しているのが,この260年前始原説。たかだか260年の歴史しかないとした方が批判しやすいせいか,ガディマイ祭反対派が,英仏独西日など様々な言語で,この説を世界中にばらまいている。流通しているという意味では,通説。900年前起源説の簡略版といってよいが,一部異なるところもある。

この説によれば,260年前,バリヤルプルの封建地主バグワン・チョーダリが,マクワンプル要塞に投獄されていたとき,夢の中で,ガディマイに人間と動物の血の犠牲を捧げるなら,問題はすべて解消されるというお告げを受けた。

出獄したバグワンが村の呪術師にお伺いを立てると,呪術師は自分の身体の5カ所から血を採り女神に捧げた。すると,壺から光が立ち現れ,これを合図に動物供犠が始められた。以後,5年に一度,このガディマイ祭が行われてきた。
 [参照]Merritt Clifton,”Origin of the Gadhi Mai Sacrifice,”(http://animals24-7.org./2014/03/12/427/); Rukmini Sekhar, “Gadhimai Festival: Harvest of Glood,”Daily Pioneer, Oct. 5, 2014; The Alternative-India, “Nepal’s Gadhimai Festival Draws Animal Blood and Millions Visitours,” (http://thealternative.in/); “Gadhimai-The Temple of Sacrifice”(Nepal Tourism Board:Explore Nepal)ほか多数。

141106a 141106d
 ■マクワンプル要塞[Gadhi, Fort](Wiki) / ガディマイ寺院(Nepal Tourism Board)

141106b 141106c
 ■Animals 24-7 / The Alternative.in

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/06 at 19:18

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(2)

3.ガディマイ祭縁起
ガディマイ祭の由来については,いくつか説があるが,よく知られているのは,900年前始原説と260年前始原説。

141103b141103a
 ■ガディマイ寺院:グーグル地図(=寺院)/グーグルアース

(1)900年前始原説
ラヴィ・M・シンは,シヴァ・チョーダリ・タルーから聞き取りしたとして,900年前起源説を次のように説明している。Ravi M Singh, “The Five-Year Animal Sacrifice,” ECS Nepal,Sep.25.2013(http://ecs.com.np/features/the-five-year-animal-sacrifice)

シヴァ・チョーダリ・タルーは,バグワン・チョーダリの直系子孫で,ガディマイ寺院の祭司長。そのチョーダリによれば,ガディマイ祭は約900年前に始まった。

900年ほど前のある日,バリヤルプルのバグワン・チョーダリの家に泥棒一味が侵入したが,すぐ捕まり,怒った村人たちにより皆殺しにされた。バグワンは,村人たちが罪に問われるのを恐れ,すべての罪を自ら引き受け,カトマンズのナクー監獄に投獄された。

ある夜,マクワンプル要塞(गदी,Gadhi)の女神が夢に現れ,以来,毎夜夢に現れるので,バグワンは,自分を殺害事件のあったバリヤルプルに連れ戻してほしい,と頼んだ。(最後の部分,文意不明瞭。「女神は,殺害事件のあったバリヤルプルに連れて行ってほしい,とバグワンに頼んだ」とも読めるが,これはやや不自然。)

141101a ■現在のナクー刑務所(Nakku Jail, Khabartime.com)

女神はバグワンの願いを聞き入れ,その偉大な呪力によりバグワンをナクー監獄から解放した。女神の足下から土が流れ出しバグワンのターバンにまで届き,そこから道ができ,バグワンは村に戻ることが出来たのである。(ちなみに,ガディマイ寺院の土は神聖で,持ち帰り田畑に撒くと,土地が肥え作物がよく育つとされている。)

バグワン解放の見返りとして,ガディマイは,毎年,人間5人を生贄として捧げよと求めた。バグワンは,自分の生命は喜んで差し出すが,人間5人の生贄は捧げられないと応えた。そして,その代わり,5年ごとに,動物パンチャバリ(पञ्चबाली,5種動物供犠)を行うと誓った。ネズミ,ブタ,ニワトリ,ヤギ,水牛の5動物の生贄である。

こうして,力と繁栄と土地守護の女神ガディマイのためのパンチャバリが始まったが,バリヤルプルの人々の願いは聞き届けられず,子供や若者が病気になり死に始めた。仕方なく,バグワンが再びガディマイにお伺いを立てると,女神は動物パンチャバリだけでなく人間の生贄も捧げよと求めた。そこで,やむなく人間の生贄探しを始めたが,これはうまくいかなかった。

そこに幸いにも,ラウタハトのシムリから一人の村人が助けにやってきて,自分の身体の5カ所――胸,舌,目の下,あご,腕――からそれぞれ血を採り,その血を女神に捧げた。いわゆるナラバリ(नरबलि,人間供犠)の一種である。女神はこれを喜び,村は破滅から救われた。こうして,バリヤルプルでは,以後,動物パンチャバリと人間ナラバリが行われるようになり,今日に至っている。

141103c ■最高裁へのガディマイ祭反対請願(Sante Secchiイタリア,Change.org)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/03 at 11:40

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(1)

5年に1度のガディマイ祭(गढ़िमाई पर्ब, गढ़िमाई मेला)が,11月下旬,バラ郡バリヤルプルで開催される。この祭は世界最大の動物供犠祭として知られており,今年も,動物の愛護や権利擁護を唱える世界中の人々から,「非人道的」などと激しい非難攻撃を浴びている。私の考えはすでに何回か表明したが,今年は前回(2009年)以上に議論が激昂しており,また新しい論点もいくつか明らかになってきたので,ここで改めて,ネット上の議論を参考にしつつ,考察してみることにする。
 [参照]動物の「人道的」供犠:動物愛護の偽善と倒錯; 動物供犠祭への政治介入:動物権利擁護派の偽善性; 血みどろのゴルカ王宮; インドラ祭と動物供犠と政教分離; ケネディ大使,ジュゴン保護を!; イルカ漁非難,その反キリスト教的含意と政治的戦略性

141101i 141101h
■ガディマイ祭反対キャンペーン: People for the Ethical Treatment of Animal-US / Compassion in World Farming-UK)

1.ガティマイ祭の概要
 (1)開催日:5年に1度,11月下旬2~4週間。動物供犠はमंसीर月の第二 सप्तमी。前回2009年11月24-25日,今回2014年11月28-29日。
 (2)開催場所:バラ郡バリヤルプルのガティマイ寺院(現寺院1993年建立)とその周辺。バリヤルプルはタルー民族の村。住民7033人(1991)。
 (3)祭事:ガディマイ(ガディ女神)への動物供犠。供犠動物総数25~50万。
 (4)供犠動物:水牛,ヤギ,ヒツジ,ブタ,ニワトリ,アヒル,ハト,ヘビ,ネズミなど。
 (5)参拝者:約500万人,その60~70%はインドから(2009年)。
 (6)ネパール政府拠出金: 450万ルピー(2009年)

141101c 141101b
 ■ガディマイ寺院(ECS Nepal)/バリヤルプル(UN-Nepal)

2.ガディマイ
ガディマイ(ガディ女神,गदीमाई, गादी माई)はドゥルガー(दुर्गा)の娘で,カーリー((काली )の姉妹。あるいは,カーリーと同様,ドゥルガー自身の別の姿(別の相のドゥルガー)ともいわれている。

ドゥルガーは,戦いと勝利の女神で,恐ろしい水牛の姿をした大魔神と血みどろの戦いを戦い,これを殺し,世界を救った。ガティマイはその娘ないし別の相であり,「力の女神」。このガティマイに生贄(特に水牛)を捧げると,その恐るべき力(シャクティ)による加護が得られると信じられてきた。

141101d ■ドゥルガー,下方は退治した水牛魔神の生首(Education Blog)

141101e 141101f
■カーリー(WIKI)/ガディマイ(FB,Gadhimai5)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/01 at 21:19

フォロー

新しい投稿をメールで受信しましょう。