ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

正義か平和か:トランセンド法の可能性

谷川昌幸(C)

ネパール紛争は常態化し,今のところ解決の兆しは見られない。3月21日にも,交戦で30人以上の犠牲者が出た。内戦とは規定されていないが,30人以上もの死者が出る武力紛争は,常識では内戦であり,ネパールは内戦状態といってよい。

1.紛争地トレッキングの異様さ
この内戦のような内戦でないような状態――ここに,ネパール紛争の特徴があり,また解決の難しさがある。紛争で毎日のように死傷者が出る一方,都市部では平静な日常生活が営まれ,外人客はヒマラヤ・トレッキングを楽しんでいる。北側諸国,ましてや日本では絶対に考えられない状態だ。

たとえば,東京郊外や地方が内戦状態になっているのに,東京は平静,信州では楽しい山歩き――そんな異様なことが日本でありうるか? 絶対にない。人々が殺し合っているすぐそばを,楽しくハイキングするなどという感覚自体が,異常だ。

2.ダブルスタンダード
これは明白なダブル・スタンダードであり,構造的暴力だ。この構造的暴力を,加害者の側,つまり外人トレッカーに象徴される北側諸国やカトマンズ特権階級は容認している。そして,そこにネパール紛争の根本的な原因があり,またそれがこの紛争の解決を困難にしている元凶なのだ。

3.「平和」か?
もしそうだとすると,ネパール紛争の解決は,「平和」ではなく「正義」が目標になる。

「平和」とは,いまさかんに試みられている和平努力のことであり,つまりはパワーゲームである。これは対立する諸勢力のいずれに「正義」があるかは問わない。どこかで妥協し,戦争がない状態にすれば,「平和」(消極的平和)は実現される。その反面,「正義」を問わないから,問題そのものの解決にはならない。

この「平和」(和平)努力は,ネパールがグローバル化以前の伝統的社会であったなら,たぶん有効であっただろう。諸勢力が対立していても,社会構造の変更をめぐる対立ではないから,どこかでパワーエリート間の妥協がなり,新しい権力バランスが成立し,「平和」が実現される。

4.「正義」か?
ところが,いまのネパール紛争は,社会構造にかかわる紛争であり,構造的暴力の除去,つまり「正義」が実現されなければ,解決されないだろう。

しかし,ここで問題になるのは,周知のごとく,「正義」は対立する諸勢力のいずれの側にもある(と主張される)ことである。プロパガンダだけを見ると,構造的暴力除去としての「正義」は,明らかにマオイストの側にある。しかし,政治の世界では,プロパガンダ通りの行動は難しく,そうなると,国王や諸政党の側のプロパガンダの中にも「正義」はある可能性がある。

ネパール紛争の解決には,「平和」ではなく「正義」が必要だが,「正義」を求めると解釈をめぐって紛争になり,解決には「平和」を求めざるを得ないが,「平和」は「正義」の実現なしには実現されない・・・・

5.トランセンド
この難問とどう取り組むか? 一つの選択肢は,ガルトゥングの紛争転換(Transcend)だ。トランセンドについては,全くの素人であり,ガルトゥングの『平和を創る発想術』をぱらぱら見たくらいの知識しかないが,たとえば次のようなことらしい。

“私たちは紛争を「力で解決する」のではなく,いずれの紛争当事者もが満足できる平和的な解決法を見いださなければなりません。それは単に「解決」にとどまらず,「解決によって,創造性のあるアイデアを創り出す」ことです。これを私は「紛争の転換」と呼びます。”(p.2)

●沖縄米軍基地問題の場合(p.7)
<解決策>
1  琉球王国独立
1.5 永世中立国
2. 日本へ返還
3. 米軍駐留継続
4. 日米による共同管理
5. (考えるべきでない)

ガルトゥングの考える紛争転換(トランセンド)は,1か1.5だという。たしかに,沖縄を永世中立国にしてしまえば,基地問題の根本的転換(トランセンド)は実現する。どこまで現実的か別にして,論理的には,確かに紛争の転換ではある。

6.ネパール紛争の転換
このようなトランセンド法がネパール紛争にも適用可能か? 適用可能としたら,どの局面か? 今のところ,これは私には分からない。

ネパール紛争を解決するには,何かをしなければならない。その方法の一つとして,トランセンド法を学び,適用の可能性を探ってみたいと考えている。

*ヨハン・ガルトゥング『平和を創る発想術』岩波ブックレット,2003

Written by Tanigawa

2006/03/25 @ 13:02