ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

民主主義: 強い個人の強い国家

谷川昌幸(C)

民主主義は「強い個人」の存在を前提としている。自主独立の個人が,社会や政治に関心を持ち,これを理性的に判断し,合理的に行動する。これが民主主義の大前提である。

ネパールでいま唱えられている民主主義は,「絶対的(absolute)民主主義」あるいは「成熟した(full-fledged)民主主義」である。スローガンだからある程度はやむを得ないが,真に受け誇大妄想になると,ろくなことはない。

1.強い個人の強い国家――米仏
個人と国家の強さをパターン化すると,次のようになる。

         強い個人
           |
    伊      |   仏・米
           |
           |
 弱い国家―――|――――強い国家
           |
           |
   ネ(?)    |    日
           |
         弱い個人

強い個人を想定し,強い国家を組織しているのが,アメリカやフランス。とくに自己責任の本家アメリカでは,個人は強くなければ生き残れない。その強い個人が集まって,世界最強のアメリカをつくっている。

2.弱い個人の強い国――日本
これと対照的なのが,日本。弱い個人が集まって,強い国家をつくっている。イタリアのことはよく知らないが,聞くところによると,個々人はやたら強いのに国家は弱いらしい。

3.ネパールは?
ではネパールはどうか? 難しいところだが,弱い個人が集まって弱い国をつくっている,といったところか。

強い個人は,自己の主体性,理性に自信があるから,国家形成・運営においても,それ以外の要素を可能な限り排除しようとする。

これに対し,弱い個人は,自分の理性・主体性に自信がないから,政治においてもその弱さを補うものを可能な限り利用しようとする。

4.弱い日本人の天皇利用
たとえば,虚弱とすらいってよい日本の個人は,21世紀の現在においても,天皇制に依存している。世界第2位の経済力,世界最先端に並ぶ科学技術をもち,しかも世界にもまれな民族的・文化的同質性を持ちながら,それでも天皇制がなければ日本は維持できないと考えている。情けないが,それが現実だ。

天皇制依存は考えものだが,自己の弱さへの自覚そのものは,健全な国家形成にとって不可欠だ。

5.強い個人の弱さ自覚の強さ――イギリス
その典型がイギリス。この世界一の政治的国民は,強力な個人主義を持ちつつも,他方では人間の弱さをよく自覚している。

民主主義原理からすればとうてい容認できないような様々な制度を後生大事に守り続けてきた。カビの生えたような古色蒼然たるイギリス憲法,有形文化財の貴族と貴族院,そして女王陛下! いずれも,民主主義では容認されない非民主的,非理性的制度だ。

イギリス人たちは,本当は世界最古・最強の個人主義を持つくせに,それをアメリカ人のようにひけらかすことはせず,いやいや自分たちは弱いのです,とてもじゃないが理性的自立人を前提にした民主主義はまだ無理です,私たちには依存すべき女王陛下,貴族の方々,そして誰にも理解しきれない古く複雑怪奇な憲法が必要なのです,といって謙遜している。えらい! さすがジェントルマン。

6.ネパール人の強さ?
本当は強い個人が,強いがゆえに弱さを自覚して国家をつくっているのがイギリス。これに対し,ネパールの政治家はどうか?

ネパール人は強いか弱いか? つまり,近代的観点からして,精神的自律性・自立性を持っているか否か? おそらくアメリカ人,イギリス人,フランス人よりは弱いだろう。虚弱日本人といい勝負ではないか?

もしそうだとすると,弱い個人しかいないところで,強い個人を想定した制度を作ったらどうなるか,ということが当然問題になってくる。

7.強がり弱虫の危険性
すぐ分かることは,どんなに立派な民主主義制度を作ってみても機能しないということ。1990年憲法は,立派な憲法だったが,これすら立派すぎて守られなかった。ましてやこれ以上に立派な絶対民主主義憲法をつくってみても,おそらく,守られはしないだろう。

しかし,それ以上に危険なのは,弱さを自覚せず民主主義制度を作ると,これは必ず暴走するということ。ヒトラー,スターリンまでは行かなくとも,そのアジア版くらいにはなるおそれがある。

「絶対民主主義absolute democracy」などという恐ろしい言葉をまき散らしている政治家には,もう一度,目の前の一票を行使するであろう人々の実態をよく見てほしい。国政に関する情報を集め,分析し,理解し,そして理性的に行動する。そんなことを本当に期待してよいのだろうか?

Written by Tanigawa

2006/08/12 @ 12:22