ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

マオイストの水ぶくれ危機

谷川昌幸(C)

ほんの数年前,マオイストについて話すと,南アジア専門家にすら,過大評価だと批判された。あんな反体制運動は毎度のことで,大騒ぎすることはない,と。

ところが,最近は評価が逆転,いまやマオイストが天下を取りそうだと大騒ぎだ。NHKBSも9月2日,50分のマオイスト特集を放送した。以前の過小評価は間違いだったが,最近の過大評価も問題だ。

1.ネパール型共産主義
いうまでもないことだが,マオイズムといっても,これはネパール型であり,たいしたことはない。

いまでは日和見軟弱政党と見られている統一共産党(UML)にしても,Communist Party of Nepal-Unified Marxist-Leninist (UML)という立派な名前を持つれっきとした共産党である。この党が政権を取ったとき,どうなるかと心配した人が少なくなかったが,何のことはない,日本とも仲良く交際し,カースト制は率先して保持し,資本主義的搾取の強化にも積極的に協力し,アメリカや日本の政府を喜ばせた。

統一共産党にとって,マルクス,レーニン,スターリン,毛沢東らの写真を掲げ,党章を所かまわず壁に描かせ,赤旗を振ってデモ行進させるのは,要するにexcuse,本気で社会革命をやる気はさらさら無い。

2.「ネパール文化の古層」
かつて丸山真男が,日本文化における「歴史意識の古層」を指摘した。外国のどのような思想であれ,日本に入ってくると,この古層により本質的に変化し,日本化されてしまう,ということである。

これと同じことが,ネパールについてもいえるのではないか? 外国の思想は,ネパールにはいると「ネパール文化の古層」により大きく変質し,別物になってしまう,と。

現在の統一共産党にとって,マルクスも毛沢東も共産主義も,党の政策とはほとんど関係はない。それらは民衆動員のお題目にすぎない。

もしそうだとすると,マオイストも同じ運命をたどる可能性が高い。幹部連中を体制内に取り込んでしまえば,これで一件落着,資本主義万歳となるだろう。本気で社会革命なんかやるはずがない。

だから,マオイストを過大評価し,必要以上に恐れることはない。資本主義ゲームに入れて欲しいといっているのだから,仲間はずれにせず,入れてあげたらよい。

3.移行期の不安
アメリカやインドは,もちろんこんなことはよく知っているはずだ。にもかかわらず抵抗しているのは,移行期の混乱を恐れているからにすぎない。

マオイストが政権参加すれば,頑迷な旧勢力は排除される。たとえマオイストがいなくても,これら王室を中心とする前近代的諸勢力は資本主義化の障害であり,いずれ淘汰される運命にはあるが,あまり急激にやると,権力の空白が生じ,アナーキーになる恐れがある。これを米印は心配しているのだ。マオイストの権力参加はかまわないが,激変は避け,安全に資本主義体制に移行して欲しいというのが本音だろう。

4.人柱または弾よけとしての国王
だから米印にとって国王(王制)は,マオイストを穏当な形で政権参加させるための人柱であり,最後までとことん利用するだろう。

あるいは,国王(王制)は,7政党にとっては絶好の弾よけ。国王(王制)がいるからこそ,マオイストとの交渉が何とかできているのだ。王様がいなければ,ギリジャ政権など,とうの昔に粉砕されてしまっている。

5.マオイストの急拡大
このように,マオイストを政権参加させることができるなら,マオイストは張り子の虎だが,失敗すると,これはやっかいなことになる。過小評価も危険なのだ。

マオイストを成長させたのは,アメリカが押しつけた経済自由化。ラテンアメリカで起きたことが,少し遅れて,いまネパールで起きているのだ。

経済自由化でネパールの旧体制が動揺し,貧富の格差と大量の失業者が生まれ,これがマオイスト勢力の拡大をもたらした。

6.10万マオイストの水ぶくれ危機
マオイストの現在の勢力がどのくらいか,正確には分からないが,昨年11月の7政党=マオイスト合意以降,マオイストへの転向が急増し,現在では人民解放軍3~4万とも,民兵を入れ10万(The News-PK,Sep.3)ともいわれている。もし10万とすると,国軍とほぼ同じだ。

このマオイスト急増をどう評価するか? 7政党に対しては強力な圧力となることはたしかだが,その反面,これは明らかに水ぶくれである。7政党=マオイスト合意で政権がちらつき始めたので,権力の分け前に与ろうと,どっと参加者が増えたのだ。

しかし,10万人ともなると,統制が難しいし,そもそも食わせるだけでも大変だ。強制寄付,強制寄食等々,いやでも停戦行動綱領違反をせざるを得ない。水ぶくれマオイストは,もはや待てないのだ。

7.停戦監視の難しさ
また,和平交渉が進展して国連による停戦監視に入っても,実効性がどこまであるか疑わしい。

そもそも人民解放軍は一種の「失業対策事業」であり,鉄砲を担ぐ乞食(こつじき)だ。「人民解放」の大義名分がなければ,凶暴な押し込み強盗か単なる物貰いにすぎない。

停戦監視となると,その大量の失業人民解放軍をキャンプに入れ,メシを食わせなければならない。もはや乞食はできない。

しかも国連関与となれば,3万人も4万人もメシ目当てにキャンプに押し寄せてくるかもしれない。どうするつもりか?

さらに,これはいわば「正規軍」だけ。もし民兵10万人とすると,キャンプ外に大量のゲリラが残ることになる。彼らは,ここでまた差別され,あぶれ,メシを食わせてもらえない。そんな彼らが,幹部の命令通りおとなしく武器を捨てるとは思えない。

8.王制廃止では済まない
このように見てくると,7政党もマオイストも難しい局面に来ていることが分かる。単なる王制廃止で決着するほど,ことは簡単ではないのである。

* Suresh Nath Neupane, "Maoists will lead protests if talks fail to reach political consensus: Prachanda," eKantipur,Sep.2.

* "Nepal’s Maoists to launch Protests," The News-PK, Sep.3.

Written by Tanigawa

2006/09/03 @ 21:48

カテゴリー: マオイスト

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