ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ダリットとマオイスト犠牲者の大量逮捕

谷川昌幸(C)

9月20日,50人以上のダリット(最下層被差別民)が逮捕された。

発端は,9月17日,極西部DipayalにあるShaileswori寺院に,事前に通告し寺と町当局の了解を得て入ろうとしたダリットたちを,上位カースト集団が激しく攻撃し,女性を含む数十人が重軽傷を負わされたこと。

これに抗議するため,9月20日,Joint Dalit Struggle Committee(JDSC)がバルワタルの首相官邸前でデモを行った。そして,5項目要求をコイララ首相に提出しようとしたとき,参加者たちが武装警官隊に逮捕されてしまったのだ。

ダリットたちの要求は,Shaileswori事件の調査,被害者救済,犯人処罰であり,全くもって正当。しかも,デモは平和的(非暴力)だったという。

それなのに,People Powerで成立した7党政府は,武装警察を動員し逮捕してしまった。つまり,「ダリットはPeopleではない」ということ。

JDSCがマオイスト系かどうか分からないが,「人民」も権力を取れば,権力を行使し,都合の悪い人々を「非人民」とし,弾圧する。よく覚えておこう。

一方また,人民の民主政府は,マオイスト犠牲者の被害回復要求運動も弾圧し,大量逮捕を続けている。マオイストに強奪された財産の返還,犠牲者への補償,追い出された故郷への帰還など,これまた全くもって正当な要求だ。

それなのに,人民の政府は彼らの要求を無視し,弾圧している。「マオイスト犠牲者はPeopleではない」ということだ。これも,よく覚えておこう。

ダリット運動にもマオイスト犠牲者運動にも,それぞれ政治的思惑があるだろうが,枝葉を払い,大本を見ると,権力を取れば,7党もマオイストも都合の悪い人々を「人民」外に追い出し,弾圧するということである。権力とは,そういうものだ。

そこで重要なのは,権力が名目的にだれのものか,ということではない。現実に,権力がどのように行使されるかということ,どのような権力のあり方がより安全であり,より権力悪が少ないか,ということだ。

* Rediff India, Sep.18; Kathmandu Post, Sep.20; ekantipur, Sep.20.

Written by Tanigawa

2006/09/22 @ 11:45

カテゴリー: 民主主義

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