ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

政情不安と航空事故:ハルカ・グルン博士も死亡

谷川昌幸(C)

9月23日,東ネパールのタプレジュン郡でヘリが墜落,24人全員が死亡した。原因は悪天候とされているが,それだけではあるまい。

1.タイ・クーデターとタイ航空機ヒマラヤ墜落事故
思い出すのは,1992年7月のタイ航空機ヒマラヤ激突事故。ちょうどカトマンズ滞在中で,市内は騒然となり,友人・知人はみなパニック状態だった。

この事故前後,タイは政情不安であった。1991年軍事クーデター,1992年5月政変。当時,タイ航空は空軍と関係が深いと噂されていた。事故数週間後,帰国便に乗ると,乗客の多くが不安そうに押し黙り,無事トリブバン空港を離陸すると,一斉に拍手がわき起こった。ウソのような本当の話。

今回も,クーデター,民主革命の混乱のさなかの大事故。山国ネパールに航空事故はつき物だし,直接的な因果関係は証明できないだろうが,政情不安,社会不安が様々な事故の要因になっていることは容易に想像がつく。政情不安時のノリモノは要注意だ。

2.ハルカ・グルン博士も犠牲に
今回の事故では,ハルカ・グルン博士も亡くなられた。グルン博士は快活で,どんな質問にも笑顔で答えてくださった。

民族・文化に関する博士の実証的研究は,外部からの観察者にとって貴重なものであり,大いに利用させていただいている。専門書以外にも,図表を多用した啓蒙書も多数出版されており,ネパールの紹介に最適である。

博士の業績は高く評価しつつも,多文化主義の立場からの民族や文化の特殊性,固有の権利の強調には,一抹の不安も覚えていた。そこで,研究所でお目にかかったとき,この点について1時間ほど議論したことがあった。もちろんすぐ結論が出るような問題ではないが,博士は快く議論に応じてくださった。ずいぶん前のことだが,いまでも感謝している。

グルン博士のご冥福をお祈りします。

Written by Tanigawa

2006/09/26 @ 10:49

カテゴリー: 政治