ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

人間交際のすすめ

谷川昌幸(C)

勤務先のゼミ論集に,このような表題の文章を書いた。ここでの議論は,かなりの程度,ネパールにも当てはまるような気がする。 「人間」が「交際」する。この思想は,残念ながら,まだネパールにはほとんどない。近代化であり,悩ましいところだが,少なくとも法的,政治的にはそのような文化が必要ではないだろうか。参考までに,掲載しておきたい。

    人間交際のすすめ

このゼミ論集には,2006年度卒業の3氏の卒業論文をそのまま掲載した。4年間の大学生活の集大成がどう評価されるか,読者諸賢のご判断を仰ぎたい。(表題の「人間交際」は福沢諭吉によるsocietyの翻訳語。「社会」よりも正確で,かつ原語以上に含意豊かな名訳。以下では,固定した「社会」ではなく人々の自由な交わり,集い,実践的自由共同体の意味で用いる。)

 この論集もそうだが,何事かに取り組み,その成果を公表することには,相当の努力と覚悟がいる。この小さな論集も,友人・知人や先生方に読んでいただき,また政治学ゼミHP(ホームページ)にも掲載し広く公論に付すことを目的に,ゼミの皆さんと協力して作成した。

 もし幸いにしてこの論集をめぐって身近な方々と議論することができるなら,それはいくら小規模なものでも直接的な知的人間交際であり,本来はこのようなものこそが生きた議論であり,公論への端緒であろう。しかし,そうした本来の議論が出来ない場合であっても,現在および未来の読者を想定し,語りかけることは,多かれ少なかれ人間交際の場における公論に参加し,自らを世界に向けて現わすこと,流行語で言えば,自らを発信することである。H.アレントによれば,人間の自由は,このような公論への参加による世界への「現われ」にこそある。人は,自由を実践し自己実現を願うなら,いくらささやかでも,人間交際の場の公論に参加し,自らを世界に現わさざるを得ない。未熟なものであるにもかかわらず,この論集を公表したのも,そうした「やむにやまれぬ」公論参加への願いゆえである。

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Written by Tanigawa

2007/02/04 @ 23:49

カテゴリー: 文化

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