ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ネパール史の時代区分

谷川昌幸(C)

時代区分はいわば歴史の大局観。大局観だけで碁は打てないが,無しでも勝てない。で,佐伯和彦著「ネパール史の背景と時代区分」(『ネパール全史』2003)によると――

  中世=879-1769
  近代=1769-1951
  現代=1951-(現在)

つまり中世は国家統一以前,ネパールが多くの小王国や地方権力によって多元的に統治されていた時代だ。これは西洋史学でも同じこと。近代は,国王がその権力の多元性を克服することにより,つまり絶対王制により成立する。

ネパールは,その近代化が進まないうちにポストモダン(近代以後)になってしまった。マオイストやその同調者の国制論をイデオロギー抜きに見ると,地方自治,民族自治,連邦制など,みな「中世的」なものだ。権利にしても,絶対的中央権力による一律支配を目指す国王に対し,マオイストの民族,地域,集団の権利は「中世的」権利。国王は,近代化促進(国家主権強化)のため,この「中世」復帰に抵抗してきたのだ。

むろん中世と言ってもポストモダン「中世」だから,説明しきれないところが多々あるが,大局観としてはこんなところだ。マオイストとその同調者は,自分たちに「中世的」反近代化運動の要素があることを自覚していないから,マデシやキランティが「古来の自由」の回復を要求し始めると,あわてふためき,説得できず,暴力での弾圧に向かうことになる。

これは,あえていうなら,国王の国家主権強化への欲望よりもタチが悪い。無自覚・無反省な権力行使はやっかいだからだ。

(注)議論を面白く(=分かりやすく)するため,国王を少々理念化(=理想化)しています。

Written by Tanigawa

2007/03/02 @ 22:52

カテゴリー: 歴史