ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

権威としての大統領

谷川昌幸(C)

1.共和派の「権威」無感覚
ネパール憲法制定に当たっては,「権威」と「権力」の分離が問題になる。

その点,共和派はまるで子供,問題意識そのものが欠如している。マチェンドラナート祭でコイララ首相が宗教行事を執行しても,賞賛ばかりで批判は皆無。インドラ祭でもクマリ祭礼を執行するのだろう。世俗共和派がこんなことをしていてはダメだ。

2.国王選挙制,あるいは大統領制
90年革命の時は,力関係もあったにせよ,「権威」についてはもう少し慎重だった。たとえば共産党系最大のUMLも,当然共和主義だったが,暫定的に立憲君主制を認めることとし,将来の権威のあり方を他党も交え真剣に議論していた。「国王」を選挙制とし,いずれは「大統領」とする案など,面白いと思ったものだ。90年革命の時の方が,政教分離,権威・権力分離については,少なくとも議論としては,レベルが高かった。

3.インド大統領制
共和制にも権威は不可欠だ。お手本は,隣のインド。7月21日選挙で,プラティバ・パティルさんが初の女性大統領になった。

引っ越し中で資料がなく直接確かめることはできないが,たしかインド大統領は政治的実権を持たず,権威のみを分担する儀礼的な存在だ。なぜそんな飾りをおくかといえば,統治は「権威」と「権力」の両輪により安定するのであり,権威=権力の一輪になると,転倒か暴走の危険があるからだ。さずが,インドは偉い。

4.権威の制度化
統治に「権威」は不可欠だとすると,誰か(あるいは何か)がそれを担わなければならない。首相独占はよろしくない。

(1)象徴王制=国王を完全無力化し,羽根飾りのようなものとして継承する。私自身は,これが一番リスクが少ないと思う。
(2)大統領制=インド・モデルにしたがう。
(3)国家・国民の象徴となりうるような他の名誉職をつくる。

権威は名前であり飾りにすぎないが,これをバカにすると,実体が化け物となり,制御できなくなる。たしか宮崎駿「もののけ姫」に名無し怪物が出てきた。怪物支配はごめん被りたい。

Written by Tanigawa

2007/07/25 @ 13:04

カテゴリー: 民主主義

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