ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

朝日社説の小沢論文批判は自己矛盾

谷川昌幸(C)
朝日新聞は高級紙といわれているのに,社説の中には信じられないほどヒドイものがある。今日10月6日付の「アフガン支援,小沢論文への疑問符」もその一例だ。自社社説に矛盾しており,下品な表現だが,「天に唾する」がごとき無反省作文といってよい。
 
1.小沢論文の前宣伝
この社説は,『世界』11月号掲載予定の小沢論文の要旨を紹介し,それにコメントしたもの。発売以前だから,その筋からブリーフィングを受け,あるいはゲラを見せられ,その意に添って書かれたものに違いない。一応「疑問符」をつけたことになっているが,後述のように,「疑問符」には全くなっておらず,小沢論文の格好の前宣伝になっている。『世界』のような小難しく面白くもない雑誌は,朝日の宣伝でもなければ,私はまず買い求めたりしない。朝日は小沢民主党の隠れ応援団なのだ。
 
2.手強い小沢平和貢献論
小沢氏は小泉,安倍両氏と同じく新自由主義者ないしは新保守主義者だが,個性は大きく異なる。(小泉,安倍両氏の政治家像については「安倍首相の怪著『美しい国へ』」2006.10.29,参照)
 
小泉氏は,権力行使に自己陶酔する耽美的ニヒリストで危険ではあるが,格好悪くなる前にやめてしまうので,それなりの安全装置が働く。安倍氏は,複雑な政治の現実を直視せず,「美しい国」幻想を自ら本気で信じ,実現しようとした情緒的右派観念論者だった。小泉氏のような自己をも対象化する権力行使の美学を持たないので,安倍氏の方がはるかに危険であったが,暴走が止まらなくなる前に自滅してしまった。善良な安倍氏には申し訳ないが,国民にとっては幸運であった。
 
小沢氏は,耽美的権力ニヒリストでもなければ,善良な夢見る右派観念論者でもない。彼は本質的に権力リアリストであり,国家理性に従うマキャベリストである。
 
小沢氏は,合理的リアリストとして,政治における権力の機能をよく知っており,国際政治においては,当然,軍事力を重視する。といっても,リアリストだから,安倍氏のように情緒的・観念的に突っ走るような愚かなことはしない。合法性を重視し,国連決議や憲法解釈ないし改正により正当化した上で,自衛隊の海外展開を図ろうとしている。
 
小沢氏は,グローバル化した世界を見据え,そこで日本国益を確保するため,国連の承認の下に自衛隊を積極的に海外に出し,活動させようとしている。ただし,日本の国益ないし国家理性があくまでも小沢氏の指針だから,その場合でも冷徹な国益計算はするであろうし,事実,彼は現にアメリカに対してですら,一定の距離を取ろうとしている。それは,自らの権力ニヒリスト的快楽のためにアメリカを利用した小泉氏とも,夢想のおとぎ話のためにアメリカにこびた安倍氏とも,小説的ロマンのために反アメリカを気取る石原都知事とも,異なる態度だ。彼は,現実主義的国家理性主義者なのだ。
 
このリアリスト小沢氏は,小泉氏と同じく,憲法解釈でも自衛隊海外派兵は可能としつつも,元来は改憲論者であり,9条を改正し自衛隊を合法化した上で,国連の承認の下に自衛隊を積極的に海外に派兵し,世界平和に貢献させるべきだという信念をもっている。
 
したがって,この自衛隊平和貢献論からすれば,近刊『世界』論文で小沢氏が「国連の活動に積極的に参加することは,たとえ結果的に武力の行使を含むものであってもむしろ憲法の理念に合致する」とし「私が政権を取って外交・安保政策を決定する立場になれば,ISAF(アフガン国際治安支援部隊)への(自衛隊)参加を実現したい」と述べているのは,当然といえる。このような考え方は小沢氏のかねてよりの持論であり,断固対決すべきはいうまでもないが,朝日のように雑誌発売前に特権的にブリーフィングを受け,したり顔で大騒ぎしなければならないようなものではない。
 
3.朝日「日本の新戦略」の危険性
特に朝日の場合,このような形で大騒ぎすべきでないのは,5月3日付朝日社説「日本の新戦略」が,小沢氏の議論と事実上同じ立場をはっきりと宣言しているからだ。日本の目標を「世界のための世話役」「地球貢献国家」と定め,こう述べている。(参照:「海外派兵を煽る朝日社説」2007.5.4)
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15 自衛隊の海外派遣
●自衛隊が参加できる国連PKO任務の幅を広げる
●平和構築のための国際的部隊にも限定的に参加する
●多国籍軍については,安保理決議があっても戦闘中は不参加が原則
 ・・・・01年に同法(PKO協力法)は改正され,凍結されていた本体業務への参加が解除された。停戦や武装解除の監視,緩衝地帯での駐留,巡回などが本体業務にあたる。まだこの分野での参加例はないが,今後は協力していくのが適切だろう。・・・・
 ・・・・将来的には現在のPKO法では認めていない,国連や公的施設の警護などにも範囲を広げる道も探る。・・・・
 ・・・・(戦闘中の多国籍軍への参加は)①誰の目にも明らかな国際法違反(領土の侵略など)があり,②明確な国連安保理決議に基づいて,国際社会が一致する形で集団安全保障(軍事的制裁)が実行され,③事案の性格上,日本の国益のためにも最低限の責任を果たす必要がある,といった要件をすべて満たす,極めてまれな場合でしかない。
                                     (朝日新聞,2007.5.3)
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この提言社説は,「極めてまれな場合」と限定しつつも,戦闘中の多国籍軍への参加までも認めている。こと軍事に関しては,「極めてまれな場合」といった類の限定が何の歯止めにもならなかったことは歴史が幾度も実証しているとおりだし,戦時と平時,戦闘員と非戦闘員が判然と区別できない21世紀の「新しい戦争」の実態を見れば,朝日の議論が非現実的なものであり,実際には小沢氏の自衛隊平和貢献論と同じであることは明白である。小沢氏が論理的に明確に述べていることを,朝日は不誠実にぼかし,ごまかしているだけの違いだ。
 
4.何が「疑問符」なのか?
朝日の自衛隊平和貢献論は,小沢氏のそれと実質的には同じものだ。だから,いつものように進歩派ぶって「論文にはいくつか基本的な疑問がある」と大見得を切ってみても,どこが疑問なのやら,さっぱり分からない。支離滅裂,みっともない社説になっている。
 
社説によれば,疑問は「まず,国連のお墨付きがあれば武力行使に参加できると読める点だ」そうだ。まだ小沢論文そのものを読んでいないので確言は出来ないが,合理的リアリストの小沢氏がそんな浅薄な議論をするわけがない。そう「読める」とすれば,朝日の文章読解力は小学生以下だということになる。朝日記事を入試問題に使うのは金輪際やめた方が良さそうだ。
 
国連決議については,「それぞれの背景にある国際社会の合意の実態を踏まえて,判断しなければならない」と,小沢氏も当然考えているはずのことを得意げに指摘している。そして,何と,次のように続ける。
 
「米国のアフガン作戦は国連そのものの枠組みではないにせよ,国際社会の広い共感はあった。『あれは米国の戦争』と切り捨ててしまうには違和感がある。」
 
馬脚を現したというか,あまりにもお粗末というべきだろうか。アフガン戦争は「米国の戦争」ではなく国際社会の戦争だから,テロ特措法を延長せよ,自衛隊をアフガンに派兵せよ,と朝日はいいたいのか? きっとそうにちがいない。朝日は現代紛争についてあまりにも無知であり,あるいは知っていても知らない振りをしており,現代紛争への派兵の危険性を真面目に考えようとはしていない。合法性を派兵の歯止めとしようとする小沢氏よりも,むしろ朝日の議論の方が危険だ。「疑問符」も何もあったものではない。朝日社説の方こそ滅茶苦茶な疑問符だらけの議論だ。
 
なぜ朝日社説が,こんな惨めな支離滅裂に陥ってしまったのか? それは,朝日が小沢氏の自衛隊平和貢献論を認めているにもかかわらず,進歩派ぶって無理に「疑問符」をつけようとしたからに他ならない。「天に唾する」ようなみっともない議論をしなくてもよいように,朝日は5月3日の提言社説を撤回し,憲法9条の原点に戻るべきではないのか?