ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

海外活動の自由と自己責任

谷川昌幸(C)
ネパールでボランティア活動をしていた大学生が誘拐された。朝日新聞が「ネパールでボランティア活動」と巨大活字で報道したので,ネパールで誘拐されたかのかと,一瞬ギョッとしたが,誘拐はイランでのことであった。
 
1.自己責任の原則
こうした事件が起こると,政府の邦人保護責任と本人の自己責任の関係が必ず問題になる。イラク人質事件のとき,日本政府に邦人保護努力義務があるにせよ,原則は自己責任だ,と述べて囂々たる非難を受けた。しかし,私は今でもこの原則は正しいと思っている。
 
今回の誘拐事件も,イラン南東部付近は治安が悪いといわれており,それを承知で入ったのだから,原則は自己責任だ。日本政府や所属大学には,救済の努力義務はあっても,それ以上ではない。ヒマラヤ登山で遭難しても,それは登山者の自己責任であり,日本大使館や所属大学に救出努力義務はあっても,それ以上ではないのと同じことだ。
 
2.無謀なネパール旅行者
誘拐現場がイランなのに朝日新聞が「ネパール」と大書したのは,ネパール・ボランティアということの他に,ネパールが無謀海外旅行の玄関になっている,と見たからでもあろう。ネパールでは,ゾォーとするような話しを日本人旅行者からよく聞く。
 
あるとき女子学生らしき二人が,「ホテル予約なしで深夜空港に着き,タクシーらしき車に乗ったら,遠くの寂しいところに連れて行かれ恐ろしかった」といったことを,自慢半分で話していた。幸い最悪事態は免れたようだが,まったく無反省,これがいかに無謀なことかは,いうまでもない。
 
あるいは,タメルあたりで食事をしていると,よく学生旅行者らが大声で冒険話をしている。ある日,「これからパキスタン,イラン,イラクを経て中東方面に行ってみようと思っている。どう行ったらよいかな?」といったことを話していた。あまりにも無謀な無計画性にびっくりした。妙な功名心,競争意識が先走り,自らそれにとらわれ,焦りすら感じられる。これは危ない。
 
ネパールは,内戦状態であったのに,地域社会はまだ健在で,いまのところ外人は比較的安全。それに自信を得てであろう,地域紛争なんかたいしたことはない,と錯覚してしまったとしか思えない。こんな無謀な行動に,日本政府にせよ所属大学にせよ,責任は持てない。それは当然だ。
 
3.自己責任で大いに冒険を
しかし,これは冒険をするな,ということではない。冒険は若者の特権であり,危険を恐れるようでは若者ではなく若年寄りだ。青年よ,冒険をせよ。
 
では,ヒマラヤ登山と中東ブラブラ旅のどちらが危険か? 同じくらいではないか? だったら,ヒマラヤ登山と同等かそれ以上の調査,準備をした上で,中東などの危険地域には出かけるべきだ。
 
自己責任の前に政府責任を言い立てるパターナりズムは,親切なようで実際には極めて危険だ。政府責任パターナりズムは,一人一人に自己責任の厳しさを自覚させないので,調査・準備をせず「なんとかなるさ」といった安易な無謀行動を誘発する。また,政府や大学は,事件に対する無限責任を追及されるので,若者の冒険の禁止に動く。山や海は危険だから行くな。途上国は危険だから行くな。小中学校も大学も「行くな,行くな」の連発。結局,政府や大学の無限責任を要求すると,若者は冒険の自由そのものを失ってしまう。
 
だから,若者は,男らしく,また女らしく,堂々と自己責任を引き受け,山へでも紛争地へでも出かけていくべきだ。十分調査,準備し,それでも遭難すれば,それは天命,潔く自分でその結果を引き受けるべきだ。世間は,その堂々たる冒険者の態度を称賛するだろう。逆に,何の調査・準備もせず遭難したとすれば,それは自業自得,無謀の非難は甘受すべきだ。むろん,蛇足ながら,いずれの場合も,日本政府には邦人保護の努力義務はあり,出来ることをしなければ,努力義務違反の責任が生じることはいうまでもない。

Written by Tanigawa

2007/10/12 @ 11:49