ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

自己責任,再々考

谷川昌幸(C)
海外に出る機会が増え,自己責任を考えることも多くなった。ネパールの村で,病気や怪我をしたり,災害,事故,事件に巻き込まれたら,自分はどうするだろうか? どうなるのだろうか? イザというときの準備はしていくが,当然,万全ではありえない。誰かの救援を仰がざるをえない。誰に,どの程度の救援を要請しうるのか?
 
すぐ思いつくのは,日本大使館だ。外務省設置法は外務省の任務として「海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること」(第4条9)を定め,パスポートにも日本国民に「必要な保護扶助」を与えることを旅行先の外国政府に要請している。具体的に言うと,たとえば要領よくまとめている在カナダ日本大使館のHPによれば,「できること」と「できないこと」は次の通り。
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邦人援護:大使館のできること・できないこと
<できること>
 ・ 事件、事故の被害に遭い、自助努力のみでは対応できず、かつ、緊急な対応を要する場合、当館は関係当局との連絡等を行う一方、親族に対し直接または外務省(邦人保護課、電話(代)03-3580-3311)を通じて、事件・事故の概要を通報すると共に、当地における事件・事故に関係する法律制度や手続き等について援助・助言をします。死亡事件・事故の場合には、御遺族に対し必要な援助を行うとともに、御遺族の意向に従って、御遺体を日本にお送りする手続きまたは適切な処置等について援助・助言を行います。
 ・刑事被告人または被疑者等として逮捕・拘禁されている日本人の方については、御本人及び関係者と緊密な連絡を保つとともに、必要に応じ親族または知人の方に直接または外務省を通じて連絡を行います。更に、要請があれば弁護士リストを提供します。皆様が、万一逮捕・拘禁された場合には、現地警察当局等に対し日本の大使館または総領事館に連絡するよう要請することが重要です。
  ・日本の方が、病気、特に緊急入院したような場合には、当館は個別の事情を考慮しつつ適切な助言等をするとともに、医師より病状などを聴取し、その結果を必要に応じて親族または知人の方に直接または外務省を通じて通報します。
  ・自然災害、騒乱や大規模な事故が発生した場合には、当館は直ちに日本人の方々の被害について確認に努めます。万一皆様がこのような被害に遭遇した場合には、たとえ無事であってもできるだけ早く当館領事班にその旨を直接または第三者を通じて連絡して下さい。確認された情報は、必要に応じて外務省を通じて親族または知人の方に通報します。
  ・所持金を紛失し、自分自身ではどうしても連絡ができず、当面の生活がままならない場合で、かつ緊急止むを得ないと当館が判断した場合には、当館から直接または外務省を通じ親族または知人の方に航空切符の手配や金銭的援助の依頼を連絡します。
  ・海外にいる日本人が、所在の調査に関する御親族の自助努力にもかかわらず、概ね6ヶ月以上音信が途絶えている場合には、当館は御親族の依頼に基づき、外務省の指示によりその所在確認のための調査を行います。
<できないこと>
 ・宿泊費、入院・治療費、航空切符代、その他の個人的費用を立て替えること、またはその支払いを保証することはできません。
 ・民事上の、個人又は商業取引上の相談及びトラブルについてはお応えできません。
 ・旅行業者、航空会社、銀行、弁護士、探偵、警察または病院の業務や役割を担うことはできません。
 ・犯罪の捜査や被疑者の身柄拘束はできません。
 ・逮捕・拘禁された方の通訳または弁護士の費用、保釈費用、訴訟費用の支払いを行い、またその支払いの保証をすることはできません。
 ・遺失物の捜索はできません。
 ・入国許可、滞在許可や就労許可の取得を本人の代わりに行うことや、その便宜を図ることはできません。例えば、「移民局から入国を拒否されたので、入国が許可されるよう先方と掛け合って欲しい」との依頼にはお応えできません。 (在カナダ日本大使館HPより)
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以上の<できること>は日本政府が日本人に対して具体的に約束していることであり,在外日本人は必要な場合には当然これらの保護要請をすることができる。
 
むろんこれらだけでなく日本政府には一般的な邦人保護義務があると思われるが,だからといってそれは政府の無限責任を意味するわけではない。ヒマラヤ遭難者の救出義務が法的に日本政府にあるとしたら,日本政府はヒマラヤ登山を許可制か全面禁止にしてしまうだろう。危険は当然予想されるのだから,十分準備し,自己責任で登るべきだし,事実,登山家たちはそうしていると思う。
 
一般の海外旅行においても,予想される危険の大きさに比例して,自己責任も大きくなる。政府は,一般的邦人保護義務以上の義務を,無謀旅行者に対して負う必要はない。自己責任だからだ。
 
民事事件や刑事事件においても,大使館は必要な情報提供や公平な裁判は要求できても,捜査や裁判には介入はできない。通訳・弁護士など,最低限必要な司法扶助はすべきだと私は思うが,上記説明では,どうやらそれもできないらしい。
 
日本大使館は,日本人について国際人権法や国内法で保障されている人権の侵害があれば,人権の回復・保障を要求できるし,またすべきだが,それ以上の介入はすべきではない。もしそんなことをすれば,捜査や裁判が政治化し,悪くすると,民族対立にまで発展しかねない。不幸にして外国で民事事件や刑事事件に巻き込まれたら,情報提供や公正な捜査・裁判,あるいは人権尊重や人道上の配慮は大使館を通して要請してもらうことはできても,それ以上は自己責任で対処せざるを得ないと覚悟すべきだろう。
 
日本政府は,自らの責任逃れのために国民に自己責任を押しつけてはならない。同じく個人も,自らの責任逃れのために政府の無限責任を言い立てるべきではない。政府の邦人保護責任と個々人の自己責任の区分けは,常識(コモンセンス)と慣習により,ほぼ妥当な線に落ち着くのではないか。
 
この自己責任論は,イラク人質事件やイラン誘拐事件のとき述べ,多くのご批判をいただいたが,いまも間違っているとは思わない。
 
海外に出れば,多くの危険が待ちかまえている。いくらリスク管理をしていても,いつどこで予想外の危機に陥るかもしれない。そのようなときは誰かの救援を仰がざるをえない。そのためには,困ったときに助けてもらえるような様々な人間関係を可能な限り作り上げておくことが肝要だ。むろん,イザというときのための金や保険も必要だ。そうした友人・知人のつながりや,ある程度の金と保険の備えがあれば,海外での安全は格段に高まる。
 
その上で,どうしても個人や民間では対処しきれないときは,大使館の救援を仰ぐべきだろう。大使館には大きな権限と専門知識があるから,邦人救援に大きな力を発揮することができる。
 
しかし,救援を要請する側は,大使館の介入は,アジアの大国,日本の国家権力の介入だということを,つねに自覚していなければならない。災害救援など,本来,まったく政治性のないものでも,もし日本大使館が日本人被災者だけを優先的に救済すれば,地元や他国の人々は不公平と感じ,憤るだろう。大使館は日本国家を代表しており,館員には外交官特権がある。そうした大使館や館員の介入は,強力である反面,外国主権下では当然大きな制約が伴う。個人やNGOならできるのに,大使館にはできないといったことも少なくない。厳しいが,主権国家からなる現在の世界においては,これが現実だ。
 
このように自己責任をいえば,必ず自分にはね返る。自分がもし外国で危機に陥ったとき,そんな呑気なことをいっていられるか? やはり大使館に泣きつくのではないか? たぶん,そうだろう。だからこそ,あえて自己責任をいう。将来,みっともないことになるおそれは大いにあるが,だからこそ,自戒の念を込めてこういわざるをえないのである。

Written by Tanigawa

2007/11/08 @ 20:23