ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ガイ教授(15):公的参加とマイノリティ(j)

谷川昌幸(C)

6.公的参加の形と制度(2)

(1)代表(立法への参加)
マイノリティの公的参加としては,国家あるいは地方政府の意思決定である立法への参加が最も重要である。マイノリティが代表を送ることが出来れば,政権参加あるいは野党としての意見反映が可能となる。また,代表選出や選挙の過程で,マイノリティの結集,アイデンティティの強化も可能だ。

選挙制度としては,比例制あるいは割当制(separate representation)がある。後者の一つとして,社会集団代表(communal representation)が注目されている。ボスニア・ヘルツェゴビナ,クロアチア,フィンランド,ハンガリー,ルーマニア,スロベキア,キプロス,フィージー,中国,ニュージーランド,サモアなど。

マイノリティ代表を確実にするなら,比例制ではなく,社会集団代表とせざるを得ない。しかし,これはコミュナリズムへの逆行であり,批判も多い。ガイはスタンリー・スミスの次のような批判を紹介している。

「(コミュナル議席割当は)既存のコミュナル対立を激化させる。社会諸集団は,それぞれアイデンティティの強化を図り,選挙戦はコミュナル偏見に支配される。そして,新しい社会集団が現れ,自分たちにも議席を割り当てよ,と要求するようになる。」

ガイによれば,コミュナル選挙となると,政治統合に必要な国民政党(national party)の存立が困難になる。また,たとえこの方法でマイノリティが議席を得ても,これだけでは国家の重要な職に就くことは困難だ。

コミュナル選挙は,様々な社会集団がもつ共通性を見えなくするし,多数派もコミュナル代表まかせにし,彼らの問題を棚上げにしてしまうおそれがある。

ガイの勧めるのは,一つの統合的選挙制度を維持しつつ,比例代表制候補者リストへのマイノリティ登録や,マイノリティ候補者数の下限設定などを,法的手段あるいは政治的方法で実現していくことである。

この方法は,妥協には違いないが,おそらくそれがより賢明なやり方であろう。コミュナル対立が激しく,そうした妥協が困難な場合もあり得るが,コミュナル選挙が望ましくないことはいうまでもない。マイノリティ原理主義者は怒るであろうが,政治は妥協だから,この点ではガイの提案は妥当である。

(2)権力の分有(power sharing)
マイノリティの公的参加には立法府への代表選出だけでは不十分であり,政府,行政への参加による権力分有も必要だ。もっともよく知られているのが,consociationalismであり,これについてはレイプハルトの次の説明がわかりやすい。

「多極共存型民主主義(consociational democracy)。宗教的,民族的,人種的,地域的セグメント(部分)に深く分裂している国々に見られる民主主義。多極共存型民主主義には,主要な特徴として,大連立とセグメント自治の二つがある。共通の問題については,すべての主要なセグメントの代表が参加して共同で決定する一方,それ以外のすべての問題については,それぞれのセグメントが自分で,自分のために自主的に決定をする。また,副次的な特徴としては,政治的代表,公務員任用,公金分配における比例配分と,自己の重要問題に対するマイノリティの拒否権の二つがある。割り当てについては,厳密な比例割り当てではなく,マイノリティ優遇割り当てもある。以上の4点で,多極共存型民主主義は,多数派支配型民主主義とは明確に異なっている。・・・・多極共存型民主主義は,民主主義理論に二つの重要な貢献をした。一つは,民主主義を多数派の支配と同一視する狭い民主主義観を批判したこと。もう一つは,民主主義の適用範囲を広げ,伝統的に民主的統治には適さないと見られてきた社会でも民主主義は可能としたことである。」(Arend Lijphart,"consociational democracy," Oxford Companion to Politics, p.188-189)

この多極共存型民主主義によれば,各民族が政治集団として認められ,民族内については自治,国家的なことについては権力分有で政治参加することになる。

権力分有は,憲法に記述されることもあれば,慣習として行われることもある。インドでは,内閣に指定カースト1人を入れる。アメリカでは,最高裁判事の1人はユダヤ人,1人は黒人となっている。

しかし,権力分有には問題も多い。権力参加すると,外からの批判がなくなったり,逆に,決定が出来ず,不効率,不安定になったりする。クォーター制にすると,有能でない者まで公的参加する可能性がある。とくに拒否権を認めると,決定が非常に難しくなる。また,コミュナリズムとなりやすい。

以上のような問題はあるが,ガイによれば,権力分有は民族紛争解決に役立つ場合が多く,そうした社会の民主主義への移行期には有用である。

(3)自治
マイノリティの公的参加を実現する他の方法は,自治(autonomy)であり,これには領域(territorial)自治と集団(group)自治がある。マイノリティが特定地域に集中している場合は,連邦制(カナダ,インド,スイスなど)や地域自治(カシミール,スコットランド,ニューカレドニアなど)をとり,そうでない場合は,集団自治(インドのムスリム,ベルギーの言語集団,イスラエルのアラブ系など)となる。

こうした自治は,民族対立の軽減,解消をもたらす場合が多いが,失敗も少なくない。しかし,民族対立が激しいところでは,何らかの自治は採用せざるを得ないだろう。

ここで問題は,やはり,ある集団に自治を与えると,集団内の少数派の権利が侵害される場合が多いことだ。領域自治であれば,たとえばアイルランドの少数派内少数派の問題。集団自治であれば,ユダヤ教集団やイスラム教集団における女性の権利保護の問題。あるいは,領域自治,集団自治を認めたら,さらに新たな領域や集団があらわれ,自治を要求するという問題もある。ガイは,これを次のようにまとめている。

「南アフリカでは伝統的支配者たちが慣習法の継続を求めたが,アフリカの女性たちは,財産管理や相続において差別されるとして,これに反対した。南アフリカは,慣習法の適用は認めるが,人権規定(Bill of Rights)には従うという方法でこれを解決した。カナダ政府も集団法(band laws)問題で同じような解決を図ろうとしている。」(p.24)

しかし,これは解決策としては少々安易だ。むしろ,問題はここから始まる。この問題には,おそらく一般論は妥当しないだろう。諸民族の交渉の積み重ねにより,その地域,その文化に適した諸民族の共存の仕方を探っていくしか仕方あるまい。

7.結論

この論文全体の結論として,ガイは以下のように述べている。

マイノリティにとって,公的事柄への参加はアイデンティティ問題の中心をしめるものであり, 参加して初めて国家の一員としての感覚も持てる。公的参加は,マイノリティが意見を述べ,決定と実施に参加し,これにより自己の利益を守るためにも不可欠だ。

しかし,公的参加の方法については,意見の一致はない。大きく分けると,一つは,マイノリティの最大限の自治を目標とし,立法,行政等にそれぞれ独立したマイノリティとして参加することを目指すもの,もう一つは,様々な方法での参加を通して,マイノリティの全体への統合を目指すもの,の二つがある。が,一般的に適用できるようなモデルはない。特別扱いを望まないマイノリティもいるし,個人の権利とコミュナル権利との関係も様々でありうる。結局,こういってよいであろう。

「現代の特徴である一時的・流動的なアイデンティティを固定した実体と見誤ってはならない。代表や制度をそれぞれ集団ごとに認めると,民族が他の目的のための操作手段として利用されたり,民族至上主義になったりしがちだ。最近,多くの案が提案されているが,それらはまだ実施されたこともなく,また実施に移されている様々な案であっても,成功か否かの評価はまだ時期尚早だ。それらの多くは主に紛争解決のためのものであり,長期的な目標に向けられたものとはいえない。」(p.25)

このガイの結論は,妥当なものだ。マイノリティ問題は,公的参加なくしては解決は難しい。しかし,連邦制や民族自治にすれば問題解決というわけにはいかない。それらには別の難しい問題があり,それらを見据えながら,漸進的に政治統合を進めていくべきだと考えられるからである。

Written by Tanigawa

2007/12/27 @ 21:10

カテゴリー: その他

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