ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

アイデンティティ政治実験の愚

谷川昌幸(C)

3月5日,選管が2日締め切った比例区候補リストの訂正を命令した。女性,ダリット,マデシ,先住民,少数諸集団を正しく代表していない,という理由だ。全601議席の30%以下,つまり18.3人以下の候補しかいないと主張する政党にも,訂正を求めた(ekantipur, 5 Mar)。う~ん,訳が分からん。

1.男女の識別ですら困難
実に,愚劣きわまる。世界中でアイデンティティ政治の危険性が言われ始めているのに,いまさらなんでのこのここんな危険なことを始めるのか? 

考えてもみよ,ネパールは性的マイノリティ解放の最先進国だ。生物学的性と意識上の性とが別の人は,選挙法ではどちらに分類されるのか? あるいは,男でも女でもない人は,どちらなのだ。1/2票ずつ投票するのか? 

笑い事ではない。少なくとも立候補者は,投票前に選管によりセックス・チェックを受けるべきだ。そうでないと,「女」で立候補し当選した人が,じつは「男」だったなんてことが起こるにちがいない。

いや,もっと厳密にいうなら,すべての人間を男と女にきっちり区分することはできないというのが,生物学でも心理学・倫理学でもいまや常識なのだ。

2.所属集団識別はもっと困難
男女識別問題よりももっと現実的なのは,所属集団の識別。厳密な所属集団識別は困難であり,ニセ○○民族がわんさと出るにちがいない。

あるいは,異民族,異カーストの父母から生まれた子供は,たとえば70%○○民族,30%△△民族と分類して,票を比例配分するのか。それとも,彼らのために別の集団カテゴリーをつくるのか? バカげている。

3.アメリカ民主主義の王道を行くオバマ
この点,世界最古の多民族近代民主主義共和国アメリカは偉い。大貫恵美子ウィスコンシン大教授「米大統領選・カギは分裂を超える力だ」(朝日,2008.3.6)は,アメリカがアイデンティティ政治に苦しみ,いまようやくそこから脱却しつつあることを鋭く指摘している。

オバマとヒラリーは,黒人,女性というアメリカ政治のマイノリティに属すが,ヒラリーが「女性」アイデンティティを押し出しているのに対し,オバマはそうではない。

「オバマの方はこれまでのアフリカ系候補者と違い,自らの皮膚の色を全面に打ち出していない。アイデンティティ・ポリティックスが米国に深い亀裂をもたらしていることを深く認識している。
 彼自身,大統領選に出るのは,人種,ジェンダー,階級,政党で分裂してしまった米国を本当の統合された国家にするためだと訴えている。・・・・
 ・・・・ヒラリーのフェミニズムは一世代前のリベラル派を代表する存在だ。
 オバマの支持が上昇してきたのは,・・・・ヒラリーと違って,オバマは最初からイラク『侵略』に反対してきたことも大きな原因だが,分裂の政治・社会を克服しようとする彼のメッセージが米社会で共感を広げつつあるからではないか。」

見事な分析だ。これから先,選挙戦が激化すれば,オバマもアイデンティティ政治に走るかもしれないが,少なくともいままでは,それを自由と平等の普遍的アメリカ民主主義理念により乗り越えようとしている。

4.弁証法マジックの危険性
ゴリゴリのヘーゲル=マルクス主義者なら,階級は階級意識の強化により,カーストはカースト意識の強化により,そして民族は民族意識の強化により,克服されるという弁証法マジックを使うであろう。ネパールは,国連の煽動に乗り,この危険な弁証法マジックを試すつもりだろうか?

私は,保守的近代主義者だから,星条旗の下に万人を平等とするアメリカ民主主義,自由・平等・友愛の建国理念を認めるものは民族に関わりなく市民とするフランス民主主義を支持する。

5.モルモット化されるネパール
ネパールは,怪しげなアイデンティティ政治を押し進める国連のモルモットにされつつある。こんな政治が本当に成功してきたのか? ヨーロッパや,オーストラリア,カナダ,アメリカなどでもっともっと実験し,どのような条件があれば,多極共存型民主主義は成立するのかを確かめてから,ネパールなど途上国に導入すべきではないだろうか?

Written by Tanigawa

2008/03/06 @ 11:36

カテゴリー: 民主主義

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