ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

チベット叛徒は人民にあらず:ライジングネパール社説の取締擁護論

谷川昌幸(C)

民族自決は正当な権利だが,チベット叛徒は「人民」ではないから断固取り締まれ――この絵に描いたように見事な「人民」民主主義の民族自決論を,ネパール準官報ライジング・ネパール社説が堂々と掲げている。

1.ネパール政府のチベット系住民弾圧政策
準官報のライジング・ネパールがチベット系住民取締を唱えるのは,マオイストのマハラ情報大臣の意向を受けてのことではないかと推察される。しかも,統一共産党(CPN-UML)は対中国抗議活動取締に賛成だし,コングレス党もいまのところ取締反対はしていないようだ。チベット系住民取締に反対する大勢力は,いまのネパールにはいないのだ。

しかし,政府与党のマオイスト+6党の共通スローガンは「民族自治」である。彼らがつくった暫定憲法も,政府の基本政策も,強烈な「民族自治」原理に貫かれている。そのマオイスト+6党政府が,国内マイノリティであるチベット系住民の民族自治要求運動を激しく弾圧しているのだ。

この天にツバするようなネパール「人民」政府のチベット系住民弾圧を黙認してはならない。これは,ネパールの矜持(プライド)に関わる国際問題であり,かつ国内問題でもあるのだ。

2.社説記事の「主体思想」とチベット系住民取締
ライジング・ネパール社説記事は,マニク・ラル・シュレスタ教授名で掲載されている。個人署名記事だが,社説だからライジング・ネパール,つまりはネパール政府の意思の表明と見てよいだろう。

マニク・ラル・シュレスタ教授(Prof. Manik Lal Shrestha)は,もし同名別人でなければ(別人の場合は以下は取り消します),トリブバン大学教授であると同時に,次の職にある。
 ・Newah Rastriya Andolan:メンバー
 ・Nepal-Korea Friendship Association:議長
 ・"Juche Cause and Songun Politics"(2006):著者
 ・アジア・チュチェ思想研究所:副理事長(*)
 ・Nepal Institute for Juche Studies:議長(*)
  *North Korea Today (2008.3.30閲覧)
  **チュチェ思想国際研究所,参照

M.L.シュレスタ教授は,これまで反ラナ闘争,1960年国王クーデター反対闘争,1990年人民運動などに参加した闘士である。しかし,難しいのは「人民」のため闘ってきても,非「人民」マイノリティの自由や権利には,なかなか目が向かないことだ。(これは重要な問題なので,後日,あらためて議論したい。)

このネパール民主化運動闘士にして金日成・主体思想のアジアにおける代弁者の一人たるシュレスタ教授が,準官報ライジング・ネパールに,ネパールのチベット系住民取締を全面的に正当化する署名社説を書いているのだ。

これは見逃すわけには行かない。ことは重大だ。浮かれて「自由チベット,万歳!」などと叫んでいると,危ない。

3.M.L.シュレスタ「チベット騒乱の背景」
シュレスタ教授のライジング・ネパール社説タイトルは「チベット騒乱の背景」である。以下,要点を紹介しよう。

(1)民族自決の「客観的」分析
シュレスタ教授は,まず,チベット叛乱の2つの見方を区別する。

(A)叛徒側=(a)「人民」の散発的「叛乱(revolt)」あるいは不満の表現。
       (b)「中国の占領からのチベット人民の独立運動」
(B)中国政府=「破壊的サボタージュ」。背後にいるのは「陰謀分子」や「帝国主義の手先」の指示で動いている「一握りの犯罪的悪人ども」。

以上の2つの見方のうち,どちらが正しいか,これをシュレスタ教授は「不偏不党の立場」から「客観的」に分析するという。以下が,その科学的分析結果である。

(2)民族自決の原理的正当性と「自由チベット」要求の根拠
まずシュレスタ教授は,民族自決の正当性を全面的に認める。人民は「自決権」をもち,「自分の未来を決定する絶対的権利」をもつ。

「チベット人が望むなら,分離し,自分自身の独立国を樹立することさえ,彼らの権利である。」

このように,教授は民族自決・民族自治の原則に従い,チベットの自治ばかりか分離独立をさえ,正当な権利として認めるのである。

ところが,これが「人民」民主主義の真骨頂なのだが,この論理は「人民」により,180度反転される。「人民」民主主義の魔術といってよい。

「中華人民共和国建国以来の中国によるチベットのいわゆる『占領』は,国際社会や,チベットの元農奴により打倒された封建的農奴所有者たちが捏造した神話であり真っ赤なウソである。『自由チベット Free Tibet』は,チベット人民の真の要求か,それともチベットの封建的元支配階級一派のでっち上げたスローガンなのか。これの確認こそが,いま求められているのだ。」

見事な議論の魔術的すり替えだ。シュレスタ教授は,「自由チベット」が人民の意思ではないことを,歴史的事実をあげながら,以下のように論証していく。

(3)中国の歴史的版図としてのチベット
チベットが古来,中国中央権力の勢力圏内にあったことは周知の事実だが,シュレスタ教授はその歴史的事実をもって「自由チベット」要求の不当性を立証しようとする。

教授によれば,中国政府がダライラマをチベット地域の統治者として承認する慣習は,13世紀半頃,ジンギスカーンの孫クビライが第5代ダライラマをチベット初代ダライ統治者として承認したことから始まった。以後,ダライラマは中国中央政府の承認を得て,中国領土の一部であるチベットを統治してきた。

1791-92年のネパール・中国戦争のとき,チベット政府は中国皇帝に「陛下の領土」にゴルカ兵が侵入したと報告した。

1911年,中国初の議会に,ダライラマ政府はチベット代表の参加を要求,2議席を割り当てられた。

1923年,英領インドと中国チベット地域との間の境界画定交渉を,チベット代表ではなく中国政府代表が行った。

1933年,イギリスのエベレスト登山計画をチベット政府ではなく中国政府が許可した。

1959年,米印がチベットを中国から分離独立させる計画をつくり,ダライラマ一派をインドに亡命させた。アメリカは,国連安保理に「中国共産党のチベット占領」問題を提起し,チベット独立を要求した。このとき,中国・国民党政府はチベットを中国領と考え,それを何ら問題にはしなかった。

以上の歴史的説明は,ほぼ正確であろう。チベットは歴史的に見て,大きくは中国の勢力圏内にあったことは間違いない。

(4)「チベット解放」とチベット系住民取締の正当性
シュレスタ教授は,チベットは歴史的に中国の版図であったという歴史的事実から,中国共産党によるチベット解放の正当性と,ネパール政府のチベット系住民取締の正当性を論証していく。ここは核心部分なので,全文を引用する。

「1949年樹立の中華人民共和国新政府がチベットで行ったことは,併合でも占領でもなかった。それは,まさしく民主改革の導入そのものであった。それは,本質的に,封建的秩序に終止符を打ち,旧秩序に戻そうとして足掻く支配階級たる封建的農奴所有者たちの諸特権を廃止することが目的だった。打倒された支配階級一派が中国の存在(presence)に反対するのは,そのためだ。

毛沢東の中国が1951年に行ったチベット改革は,画期的な意義をもつ。中華人民共和国政府がチベット改革をする以前は,チベットの320万人の人口のうち200万人は農奴だった。しかも,120万人の自由民のうちのごく一握りの者だけが,農奴所有者だった。1951年の歴史的改革により200万人が解放され,こうして彼らがチベットと自分たち自身の将来を決める真の決定者となったのだ。中国共産党がチベット文化を破壊していると騒ぎ立て,チベット文化を守れと叫んでいる者たちは,実際には,農奴所有者の封建的諸特権の回復を要求しているのだ。

いまでは解放された農奴が,チベット人口の大半を占め,自分たちの自治区を統治している。以前のチベット統治において,支配的僧侶階層の僧侶たちは,単なる宗教者ではなく,国家制度の特権的支配者であった。日本の著名な仏僧,川口慧海は20世紀初め頃,チベットを支配している仏僧たちは実際には聖なる人ではなく邪悪な偽善者だ,と報告している。むろん,チベット僧侶の全部がそうであったのではなく,少数の封建的支配階級一派がそうだったのだ。

1959年,ダライラマとその同調小集団――特に彼の同僚たち――が,米帝国主義およびインド膨張主義と結託し,解放チベットの革命新体制を覆そうとした。そして,これに失敗すると,彼らはインドに逃れた。いま,その同じ一派が,アメリカに煽動され,チベットで騒乱を引き起こそうとしている。こうした状況においては,ネパール政府は厳戒態勢をとり,いかなる反チベット活動をもネパール国内では絶対に許さないようにするべきである。」(Manik Lal Shrestha,"Behind The Disturbances in Tibet," Editorial, Rising Nepal, 27 Mar.2008)

4.チベット系住民弾圧の問題点
マニク・ラル・シュレスタ教授の議論は,神がかり的明快さがある。これは人民主権論の本質であり,これの論破は信者に信仰の誤りを説得するのと同様の難しさがある。

まず,伝統的チベット社会が前近代的,封建的であったことはいうまでもない。しかし,もしそれを理由に外部から強制介入することが許されるのなら,民族自決は有名無実となるし,そもそも理性,文明,近代化,民主主義,人権などを押し立てて第三世界を徹底的に侵略してきた西洋や日本と同じことになってしまう。

もしシュレスタ教授の議論が成り立つのなら,先進諸国は,人権と民主主義を旗印に,中国や北朝鮮に強制介入してもよいことになる。現代の民族自決は,よほどのことがないかぎり,民族内のことはそれぞれの民族にに任せるということだ。むろん,シュレスタ教授が近代化論(共産主義は最も極端な近代化論)を採るのなら,近代化(共産主義化)のための他民族介入に矛盾はなくなるが,そうすると,ネパールも先進諸国の全面的介入を甘受せざるを得なくなる。

ネパールでは,マオイスト+6党もネパール政府も,それはいやだということで,民族自決・民族自治の原則の立場に立ち,内外に向けそれを大宣伝をしてきた。それなのに,その原則に則ってチベットの人々が始めた民族自治運動を暴力的に弾圧するのは,明白な自己矛盾である。

しかも,少なくともネパール国内では,チベット系住民の抗議活動は,非暴力的だ。そうした平和的な意見表明や集会の自由は,憲法で明確に保障されている。市民的自由は4月革命の中心的要求の一つだった。それなのに,その自由や権利を高く掲げるマオイスト+6党や,暫定政府がチベット系住民の平和的抗議活動を暴力的に弾圧するのは,これまた明白な自己矛盾である。

マオイストと6党,そして彼らの政府が一元的国民国家建設を目指しているというのなら,私はこれほど厳しい原理的批判は控える。途上国は国民統合が先だという立場であれば,それなりに首尾一貫しており,まだ許せる。しかし,いまのネパールはその逆,極端な民族自治,連邦制を謳っているのだ。だったら,自分のよって立つ政治原理にしたがうべきだろう。

それが,国家の,国民の,政党の,学者の,そしてジャーナリストの矜持(プライド)というものではないのか。

Written by Tanigawa

2008/03/30 @ 22:46

カテゴリー: 民族

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。