ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

選挙後体制と擦り寄り知識人

谷川昌幸(C)

新政権の構成はまだこれからだが,選挙結果はほぼ判明したので,それに対応する動きがいくつか出てきた。

1.二つの「民主化運動」の異同
1990年と2006年の二つの「民主化運動」には,非常に異なる点とよく似た点とがある。

決定的に違うのは,1990年はネパールがまだグローバル化の中に本格的には組み込まれておらず,民主化運動が東欧民主化と関連づけられ世界各地からの支援は受けたものの,情報はごく限定され,大勢としてはまだまだ秘境ヒマラヤの局地的運動にとどまっていたのに対し,2006年民主化運動はグローバル化・情報化の中で起こり,世界中に見られ,国連中心の国際社会監視下で進展したという点だ。今回は,2008年4月選挙の情報も日本国内の選挙と遜色ないほど迅速かつ詳細だった。

運動の主体も,1990年は伝統的支配層内の反体制派中心であったのに対し,今回のマオイストは毛沢東思想に忠実に,地方に革命根拠地を建設し地方社会をマオイスト化してから,都市部の中央政府権力の奪取を目指した。90年民主化運動が閉ざされた農業社会の政治革命に近い性格をもっていたのに対し,2006年民主化運動は急速に資本主義化しつつある過渡期社会の半農民革命・半市民革命の性格が濃い。

換言すれば,これが本格的な農民革命になることも市民革命になることもないであろうが,権力担当者のかなり多くが立法・行政・司法の全般にわたって従来の支配階層ではない社会階層出身者によって取って代わられることにはなるであろう。相当大規模な政治変動になることはまず間違いない。

しかし,その反面,もしこれがいかに大幅とはいえ権力担当者の交替としての政治革命にとどまるとすれば,今回も結局は90年民主化と同じような結果を招く可能性が高い。たしかにグローバル資本主義化,情報化でネパール社会は大きく変化しているが,根底からの社会革命ではないので,諸制度を動かす人々の精神的態度(エートス)は変わってはいない。90年民主化運動で国王主権から立憲君主制に変わっても政治の実態は大きくは改善されなかったように,今回もそれと同じような結果になる可能性が高い。

そしてまた,知識人たちの態度もよく似ている。90年民主化運動後,ネパールの知識人たちは運動の実態を見ることなく運動成功を褒めそやし,バラ色の未来を語った。しかし,それがむなしい空中楼閣であることは数年で明白となり,今回の破局へとまっしぐらに転落していった。2006年民主化運動についても,知識人・ジャーナリストたちは,運動の実態をよく見ることをせず,つい先日までテロリストとして唾棄してきたマオイストに擦り寄り,褒めそやし,夢を託す。90年民主化の時と全く同じメンタリティだ。

1990年と2006年の間には大きく変わった点がいくつもあることは認めつつも,むしろこの変わらない点に大きな危惧を感じざるを得ない。

2.マオイストにすり寄る知識人
政党が原理原則を掲げつつ,現実政治の必要に柔軟に対応していくのは当然のことだ。マオイストも,この点は実に巧妙であって,人民戦争の初期の段階から,一方では武力闘争を進めつつ,国際社会の介入や国際法の適用を要求し続けた。

その結果,人民戦争は,1996年の開始以来,多少の遅延はあったが,当初の革命戦略通り展開し,今回の選挙勝利となった。ここまでの戦略と戦術の使い分けは見事といってよい。

しかし,問題は権力をほぼ手中にした今後の戦略である。「ネパール共産党毛沢東主義派」の党名に恥じないように,マルクス,レーニン,毛沢東の思想を堅持して行けるか否か? 戦術として,進歩的民族資本家と協力することは党是であり,毛沢東主義からいっても当然のことだ。しかし,権力についたとたん,魂を抜かれ,昨日まで敵対してきた「鬼畜米印」とその買弁資本家に尻尾を振り始めるようでは,解放を夢見て人民戦争に参加し甚大な犠牲を払ってきた人民は浮かばれない。

まだ断言は出来ないが,どうやらマオイスト指導部は毛沢東主義を棚上げにし,資本主義化の方向へ路線を転換するようだ。そして,これを見て,これまで様子見をしていた知識人たちが雪崩を打ってマオイスト支持に回り始めた。みっともないことこの上ない。

政治家や政党なら,まだ許せる。あるいは,自分を守るすべもない庶民なら同情こそすれ,非難など出来るわけがない。しかし,知識人は違う。大勢順応は,知識人の恥だ。

つい昨日まで,知識人やジャーナリストの多くが,マオイストの残虐非道を激しく非難してきた。強制寄付,反対派住民の脅迫,家財土地没収,住民拉致,思想改造,拷問,殺害,人民裁判,強制徴兵,少年少女兵,爆弾テロ等々,国内法でも国際法でも許されないような無数の人権侵害をマオイストはやってきた。(警察,国軍もやった,もちろん。)それらを,つい先日まで,君たち知識人は,ののしり非難してきたではないか。

それなのに,何だ! マオイストが権力をとりそうななったとたん,そんなことはコロッと忘れ(た振りをし),賛美の大合唱。恥ずかしくはないのか。明日,王様クーデターが成功したら,きっと君たち知識人は,国王陛下万歳を叫ぶだろう。

日本についても同じことだ。マオイスト政権が誕生したとき,よほどのことがないかぎり,日本国政府がその政権を承認し,外交関係を持つのは当然だ。ギャネンドラ国王やパラス皇太子と同じように,マオイスト大統領(あるいは首相)をもてなしても,それは外交儀礼としては許される。外交とは,所詮そのようなものだ。

しかし,ギャネンドラ国王やパラス皇太子が人権侵害,民主主義弾圧で国際的非難を浴びていた頃,彼らに擦り寄り悪政の手助けをする一方,マオイストを極悪非道のテロリストとして非難していた日本人諸氏は,マオイスト政権が誕生しても,これを歓迎したり,マオイスト有力者を来賓として招き懇ろに歓談するなどといったことはできないはずだ。日本には「やせ我慢」の美学があるではないか。

3.現実を見ない選挙民主主義者たち
マオイストが銃弾と票を巧みに使い分け,選挙に勝利したことは,少し長期的な視点で見さえすれば,誰も否定できない事実だ。そして,毛沢東自身が「銃口から政権は生まれる」と宣言しているのだから,マオイストにとって,それは主義主張に沿った正しい戦略であり,何ら恥じるべきことではない。それは,彼らの党設立時の声明にも明記されている。彼らは,公約通りのことを正々堂々と実行した。

ところが,情けないのが,こんな明々白々の事実を見ようとしない大勢順応,すり寄り知識人・ジャーナリストたち。彼らは,この選挙が自由公正に実施されたと喧伝している。マオイストですら,そこまでは言っていないはずなのに,尻尾を振り始めた彼らは保身のため過剰反応し,自由選挙の虚像づくりに躍起なのだ。

これは国連「選挙民主主義者」のメンツのためでもある。かれらは,アフガン,イラクで大失敗し,世界中の笑いものにされた。その失敗を取り戻すため,ネパールに大量の資金と人材を投入し,国連丸抱え選挙を実施した。彼らにとって,失敗は許されなかった。

自由公正でないことの証明は,人民解放軍の存在だけで十分だ。他のどの政党も自前の軍隊をもたないのに(国軍が直接RPPを支援するとは考えられない),マオイストだけは正規軍だけでも2万の手兵をもち,選挙に負けたらいつでも動員できる態勢にあった。勇猛果敢な2万余の兵隊がマオイスト候補者の背後には控えているのだ。こんな選挙がどうして自由公正と言えるのか?

私は,国連やNGOの懸命の選挙啓蒙活動で庶民が目覚め,これまでにないほど多くの人々が自分の自由意思で投票したであろうことを否定するつもりは全くない。村での選挙啓蒙活動は,私自身目撃したし,良心的に誠心誠意選挙啓蒙に努力してきたNGOもよく知っている。だから彼らの活動をけなすつもりは毛頭なく,その民主化努力を高く評価している。

しかし,そのことと,この選挙の全体像を国連や擦り寄り知識人・ジャーナリストの言うように「自由公正」と認識することとは別である。

マオイストの選挙後の復讐・脅迫などあり得ないと,知識人・ジャーナリストたちは,「ヒマラヤの自由選挙」を宣伝に使いたい選挙民主主義者の提灯持ちをする一方,権力を手にしたマオイストに擦り寄り媚びを売る。

そんなことは,常識で考えてもウソであることは明白だ。マオイストに投票しなければ,選挙後,その村は仕返しをされる。2万余の人民解放軍,恐ろしいマオイスト青年同盟(YCL)が控えているのだ。仕返しを恐れて当然だ。

たとえば,カンチプール(4/25)が勇を鼓し伝えるところによれば,マオイストはパンチタールのドゥクリ村がマオイストではなくコングレスに投票したことを非難し,村の水道を切断し使えなくしてしまった。今回は,水道管の切断で済んだが,いつ生首を切られるかわからない。選挙前後の暴力的脅迫を見ずに,選挙民主主義者の宣伝通りこの選挙を「自由公正」と認識すると,大きな間違いを犯すことになる。

むろん,マオイストの暴力的脅迫は大目に見て,とにかく彼らを選挙に参加させ,体制内化させることは,人民戦争を終結させるための手段としては有効であり,わたしもその意義を高く評価する。とにかく内戦だけは一刻も早くやめてほしい,というのが多くの人々の願いだった。

しかし,ここでもまた,そうした政治的判断と,選挙の実態の客観的認識とは別である。自由公正でなくとも,とにかく選挙によりマオイストを体制内化することにほぼ成功した――それでよいではないか。そして,そうしたリアルな事実認識に立ってはじめて,今後の多難な選挙後政治への心構えも出来るはずである。

4.対中関係と対印関係
新政権の中印との関係も注目される。

マオイストは,インド非難は繰り返してきたが,中国については目立った批判はしてこなかった。中国が一方的にネパール・マオイストに不快感を示していただけだ。だから,流れからして,マオイストは親中国と見るのが自然だ。イデオロギーも同じ毛沢東主義である。

ネパールにマオイスト主導政権が誕生すれば,中国との間でマオイスト赤色同盟が成立し,すでに中国製品があふれているネパールにおいて政治的にも中国の存在感が高まることが予想される。

これに対し,インドは当然,南部のマデシ(タライ)勢力を味方につけ,対抗しようとするであろうから,ネパールは北と南から股ざき状態になる恐れがある。

むろん,中印関係の改善は進んでおり,以前ほど露骨な対立はないが,しかし,中国の南下圧力が強くなれば,当然,摩擦は生じるであろう。

たとえば,ヒマラヤンタイムズ(4/25)によれば,絶妙のタイミングで訪ネしている中国共産党使節団のアイ・ピン国際部長は,コイララ首相と会談し,中国が第11次5カ年計画で鉄道をチベットのラサからネパール国境付近のカサまで延伸することにしたと説明した。同氏は,プラチャンダ議長にも会っているので,この計画はマオイストも了承済みなのだろう。しかし,こうした北からの接近(圧力)をインドが快く思うはずがない。

北方から中国がネパール・マオイストとの赤色同盟強化に向かうかどうか? そして,南方からインドがタライ・マデシ勢力との大インド同盟の形成強化に向かうかどうか? 外交的には,これが選挙後ネパールの大きな争点となりそうである。

Written by Tanigawa

2008/04/27 @ 11:41

カテゴリー: マオイスト