ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ネパール秘義政治とインド性治学

谷川昌幸(C)

1.ネパール政治の秘義
言葉と行動が一致しないのはどこでも見られることだが,ネパールは特にはなはだしく,言葉だけではネパール政治はほとんど理解できない。言葉で理解できないことを秘義(secret)という。

たとえば,今日(7月19日),過半数で選出されることになっている大統領。誰もが「儀式的(ceremonial)」大統領とする,といっている。そして,儀式的とは,いうまでもなく政治的実権を持たないと言うことだ。

ところが,誰もがその自分の言葉とは裏腹に,大統領の政治的利用を狙い,血眼になって争奪戦をやっている。言葉と行動との分離。言葉の存在の耐えられない軽さ。ネパールでは,行為は言葉ではなく,隠された基準,つまり「秘義」によって,導かれている。

秘義的なものはどの国にもあるが,ネパール政治のそれは決定的なまでに重要だ。したがって,ジャーナリストや政治学者は,その秘義を探り会得してから,政治については発言すべきだろう。

しかしながら,この秘義は,秘め事(秘儀)だけに,会得は非常に難しい。また下手に会得すると,秘儀的世界に引きずり込まれ,出られなくなる恐れがある。そこで,外国のジャーナリズムや学問は,多かれ少なかれ,邪道である外在的批判に甘んじざるをえないのだ。

2.ネパール包摂参加の欺瞞性
ネパールの政治的言説のいい加減さは,全包括的(inclusion)といいながら,大統領を「男」にせよ,いや「女」にせよ,と言い争っていることを見てもよく分かる。

「男」にしたら「女」が,「女」にしたら「男」が排除され,包摂的にはならないではないか。また,首相が「男」だから大統領は「女」でよいという発想は,実権は「男」が握り「女」はそれに従属するだけ,という封建道徳そのものだ。

3.インド性治学
性治学の先進国インドでは,こんな低次元な論争はしない。朝日新聞(7月19日)によれば,インド南部のタミルナド州では,「アラバニ」が公認されたという。

アラバニ インド南部のタミル語で「男でも女でもない」存在の意。英語で「トランスジェンダー」,日本の「性同一性障害」の人に相当する。ヒンドゥー教の神話には神々が男性から女性の姿に変身する話がよく出てくる背景もあって,インド北部では「ヒジュラ」と呼ばれ,超自然の能力があるとされ,男児が生まれた家庭や結婚式に押しかけ,繁栄や多産を願う音楽や踊りを披露して謝礼で生計を立てる。南インドにはヒジュラの伝統はなく,物ごいか売春で収入を得る人が多い。身体的に男女の別がはっきりしない人はまれで,ほとんどが「体は男で心は女」の人たち。仲間内で性器の除去手術をする例が多い。グルの元で集団生活を送り,女装をする。”(朝日,2008.7.19)

タミルナド州の人口は6240万人,そのうちの約15万人が調査後,アラバニとして公認される。身分証明書の性別欄には男女両方を意味する「T(テルナンゲ」が追加され,州立病院では性転換手術が無料化され,学校にはアラバニ用トイレの設置が義務づけられた。アラバニのための奨学金,職業訓練,起業融資なども検討されるという。

人間を「男」と「女」に分類すれば,この二分法に入らないヒトは,一方では超人間的能力を持つ神的な存在として畏敬されると同時に,他方では人間以下として蔑視され差別される。タミルナド州は,ヒトの分類に「テルナンゲ」を加えることにより,アラバニを「第三の性」を持つ人間として認めたのである。

しかし,ここで悩ましいのは,テルナンゲとしての公認がアラバニにとって一つの救いではあるが,人間の性的アイデンティティは無数に存在し,二分法を三分法にしたところで問題の根本的解決にはならないことである。

人間は,対象を切り分け認識せざるをえない宿命,われわれと彼らを区別して行動せざるをえない宿命,を持っている。その認識要求や独自アイデンティティ要求を普遍性要求とどう両立させるか? 難しいところだ。

4.トランスジェンダーを初代大統領に
ネパール大統領選は,ポストモダンを旗印にしながら,男女二分法で戦われている。低次元の言行不一致。

そんな争いは,トランスジェンダーの名士を大統領にすれば,一気に解決する。幸い,ネパール人の約1割が「男」でも「女」でもないとされ,法的にも世界に先駆けその存在が公認された。だから,適任者は多数いるはずだ。マレーシアのように,逮捕される恐れはない。

これは名案だが,しかし,もう一度念を押しておくと,三分法は二分法よりましだが,こうした本質主義的「集団」実在論を前提とした包摂参加政策は,問題の根本的解決にはならない。古き良き近代的普遍性原理が,やはり必要なのではないだろうか。

Written by Tanigawa

2008/07/19 @ 15:52

カテゴリー: 文化

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