ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

(紹介)畠博之『ネパール被抑圧者集団の教育問題』

谷川昌幸(C)
畠博之氏が,ネパールの教育問題に関する詳細な実証研究を出版された。
 
畠博之『ネパールの被抑圧者集団の教育問題:タライ地方のダリットとエスニック・マイノリティ集団の学習阻害/促進要因をめぐって』学文社,2007年12月刊,p.i-viii, 1-561,9000円
 
畠氏は,ネパールでの11年間におよぶ教育実践の後,神戸大学大学院で教育開発を研究された。この本は,博士論文をもとに執筆されたもので,561頁にもおよぶ大著である。
 
  はじめに
  第1章 問題の所在と研究の概要
  第2章 ネパールのカースト制度と被抑圧者集団
  第3章 ネパールの教育開発の現状
  第4章 タライの被抑圧者集団の教育の現状と学習阻害/促進要因の分析
  第5章 被抑圧者集団の教育達成上の課題と今後の教育開発
  おわりに
 
1.カースト/エスニック集団と教育
第1章では,この研究の目的がカースト/エスニック集団と教育の関係を,中途退学,学習到達度,学内差別の問題を中心に分析することにある,と述べられている。「階層と教育」の視点から,「カースト/エスニック集団」要因が,教育到達度にどう関わっているかの解明である。
 
カースト/エスニック集団所属と教育達成度が相関関係にあることは,著者自身がいうように「自明の結論」である。俗にいう,そんなことは調査するまでもなく常識だという批判であり,これは政治学の分野でもかつて盛んに議論されたことだ。政治行動の科学的(科学主義的)実証研究の有意味性への懐疑である。
 
これは方法論的に難しいところだが,この点について著者は「この検証の結果よりはむしろ検証にいたるプロセスのほうが意義深い」(p22)と答えられている。たとえ「自明の結論」であっても,どうしてそうなるかの具体的な過程は必ずしも明らかではなく,そこが解明されなければ,効果的な教育改善策はとれない,ということであろう。また,著者は謙遜されているが,この研究で「自明の結論」つまり「常識」が覆されたところも,少なくない。
 
2.カースト/エスニック集団
第2章では,カースト/エスニック集団について整理されている。その中で特に興味深いのは,旧ムルキアインの「国家カースト制度」の考察である。
 
Andras Hofer, Caste Hierarchy and the State in Nepal: A Study of the Mulki Ain 1854(1979)は,これまでチラチラ見ただけで,よく読んだことはなかった。著者はこの本を手がかりに,旧ムルキアインのカースト制度を綿密に分析し,図表も多用し分かりやすく整理している。
 
また,2001年国勢調査を中心に分析されている現代のダリット/エスニック・マイノリティ集団の説明も分かりやすい。
 
3.教育制度/教育開発
第3章では,ネパールの教育制度と教育開発の歴史と現状が,豊富な資料を駆使し,詳細に分析されている。図表も多く,たいへん分かりやすい。
 
4.タライの教育の現状
第4章では9郡の実地調査に基づき,タライの教育の現状が分析されている。
  調査地:9郡(タライ6郡=ジャパ,シラハ,バラ,カピルバストゥ,バンケ,カイラリ/丘陵部3郡=ダーディン,ドラカ,カトマンドゥ)
  学校数:33校
  名簿データ:50669
  出席データ:13017
  成績データ:37841
  質問紙調査:3367
調査はタライを東から西まで。たいへんな調査であったことがよく分かる。多様性豊かで科学的サンプリングも難しいであろうが,これだけの規模であれば,かなりのことがいえるはずである。
 
この9郡調査のうち,第4章では,直接的にはジャパ郡とシラハ郡の事例が詳細に分析されている。ここでも,分析結果は図表にまとめられており,分かりやすい。ちなみに,出席状況は,いわゆる「常識」とは違う結果となっており,興味深い。
 
5.姓のない生徒
第5章では,調査結果をもとに,被抑圧者集団の教育上の課題が分析されている。
 
ここで特に興味深かったのは,姓を届けず,姓なしで学校生活を送る生徒が多いという指摘だ。バラ郡R中学校では,女子生徒の83.5%,男子生徒の28.3%が姓なし。下位カーストに多い。女子は結婚で夫の姓になるので,未婚時の姓は不要だということ。また,姓はカーストを示すので,差別を少しでも免れるため下位カースト生徒は姓を届けないようだ。
 
これとの関連で,カトマンズ近郊のある学校のことを思い出した。イギリス系の名門校で,この学校では,入学時,全生徒の姓を奪う。つまり,誰にも姓を名乗らせない。著者の報告したタライの学校と同じ理由で,上位カーストの生徒にも姓を名乗らせないのだ。カースト差別が問題なら,姓を全廃してしまえ――イギリスらしい現実主義的合理主義だ。
 
この逆転の発想は,たとえば難民についても主張されている。難民は国家の外に置かれた人々だが,だからこそ,難民こそが国家の枠を越える未来の人々の先駆者たり得る,という議論だ。
 
ダリット,被抑圧者諸集団を識別(identify)し,集団として解放していくのも一つの行き方だが,姓を奪われたことを逆手に,普遍的人間(人為的に与えられるfirst name=given nameだけをもつ平等な人間)により帰属集団差別を克服していくという戦略もあってよいと思う。
 
以上は,本書とは直接関係ないが,姓のない生徒の問題提起に触発された次第。
 
6.教育開発のために
伝統的社会では,必ずしも学校教育は必要ではない。子供だけ刑務所のような教室に隔離し,自然を矯め,強制的に人為的社会に適合するようにしつけ,大人に育てる必要はないからだ。
 
しかし,ネパールのグローバル化は不可避であり,社会は急速に変化している。伝統的社会を維持したくても,もはや不可能であり,人々は近代的教育によりそれへの適応をせざるをえない。そして,ネパールをしてそうさせているのは,ネパール自身というよりはむしろ周縁を求める先進国の側である。
 
こうした観点から,ネパールの教育開発を考える人々にとって,綿密な実証研究の成果をまとめた本書は不可欠の基本文献の一つといえるであろう。

Written by Tanigawa

2008/08/02 @ 14:53

カテゴリー: 教育, , 民族

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