ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

オム・マニ・ペメ・フムとネパール国歌

谷川昌幸(C)

この夏1か月,タメルのチベットゲストハウスに滞在し,毎朝,1階レストランで朝食をとった。そのとき流れていたのが,「オム・マニ・ペメ・フン」。

これは不思議な音楽だ。日本の歌謡曲そっくりの長い導入部分があり,つぎに「オム・マニ・ペメ・フン」のマントラ(祈り)が延々と繰り返され,そして再び歌謡曲そっくりの導入部分に戻って,いつとはなく終わっている。

実に長~い。毎朝,朝食をとりながら,新聞3紙を読み,ブログ記事を書き,ノートを整理して,1時間はレストランにいたが,その間,ずぅ~と,このチベットのありがたいマントラ音楽が流れていた。

そうすると,あ~ら不思議,不信心でバチあたりの私でも,日一日と心が浄化され,一週間もすると,門前の小僧くらいの悟りの境地には達した。げに,マントラはありがたいものだ。

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       ホテル HP            ロビー天井の装飾(クリック拡大)

1階レストランの「オム・マニ・ペメ・フン」で癒され,天空浮遊気分で6階の部屋に戻ると,これも休日以外のほぼ毎日,近くの小学校から子供たちの歌声が聞こえてくる。新国歌の練習をさせられているのだ。

子供は天真爛漫,天使のように無邪気だし,国歌は国家の尊厳を表すものだから,はなはだ言いにくいのだが,「オム・マニ・ペメ・フン」の後で聞く子供たちの国歌練習は,どうもいただけない。天空浮遊から,世俗国家の俗世に引き戻されてしまう。

国歌は近代ナショナリズムの下婢。人殺しを職業とする軍隊が,殺し殺される恐怖をごまかすため歌わせる軍歌と同類だ。フーコー流にいえば,近代国家=軍隊=学校,つまり国歌=軍歌=校歌なのだ。

歌は,歌うものであり,歌わされるものではない。

陰鬱な「君が代」を練習させられる日本の小学生もかわいそうだが,いまいちぱっとしない「百花斉放(意訳)」を毎朝歌わされるネパールの子供たちもかわいそうだ。特に,最後の部分は見事に盛り下がって終わる(編曲で最近かなり改善されたが)。朝っぱらからこれでは,元気が出ないだろう。

Written by Tanigawa

2008/10/27 @ 15:00

カテゴリー: 音楽