ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

「蝶々夫人」のグロテスクと人種差別

谷川昌幸(C)

プッチーニの「蝶々夫人」は幾度か聴いたし,「ある晴れた日に」は名曲だと思う。が,オペラそのものは,長崎に来てからも,一度も観てはいない。なにやら,直感的にイヤな予感がしたからだ。しかし,長崎にいながら「蝶々夫人」を観ないのはいけないと反省し,DVDを買ってきて,観てみた。
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  ・カラヤン指揮/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1974年制作)
  ・蝶々夫人=フレー二/ピンカートン=ドミンゴ

愕然とした。悪趣味でグロテスク,こんな日本蔑視の人種差別が許されてよいのか。

[1]
オペラは歌劇であり,他にも荒唐無稽な物語が少なくない。また,ロングの原作小説「マダム・バタフライ」(1898)も,読んではいない。しかし,そうした限定をつけた上でも,オペラ「蝶々夫人」は,限度を超えた日本蔑視,人種差別である,と論断せざるをえない。

[2]
オペラによれば,アメリカ海軍士官ピンカートンは,帰国後米国女性と結婚するつもりなのに,15歳の蝶々さんを現地妻として買う。米領事シャープレスも同席し,これを公認。蝶々さんは,キリスト教への「自発的」改宗さえ余儀なくされる。

こうして,蝶々さんは,ピンカートンに身体と魂を売り,子供を出産。ところが,ピンカートンは,そんな蝶々さんを残し,無情にもアメリカに帰国してしまう。

3年余後,ピンカートンが再び長崎に来て,本妻ケートを連れ,蝶々さんのところに来る。ケートは,蝶々さんから子供を奪い,これに絶望した蝶々さんは,短刀で自殺してしまう。

[3]
15歳の日本少女が金で買われ,身体をもてあそばれ,人格をズタズタに引き裂かれ,子供さえも本妻に奪われ,自殺に追い込まれる。いくら荒唐無稽なオペラとはいえ,そんな少女虐待ドラマを,異国趣味の純愛物語に仕立て,紳士淑女の前で堂々と演じてよいわけがない。

たしかに,開国前後の長崎には,蝶々さんと同じような境遇の「洋妾(ラシャメン)」が何人かはいた。幕府・政府もそれを公認していた。しかし,だからといって,この露骨な日本蔑視,少女売買,人権侵害を,現代において,芸術の名で平然と公演してよいということにはならない。

[4]
単なる異文化の無理解なら許せる。たとえば,靴を履いたまま畳敷きの部屋を歩き回るといったこと。あるいは,人身売買仲介人ゴローに見られるような,日本人の極度のデフォルメも,まあ辛抱できないことはない。

許せないのは,非西洋人を見下し,おもちゃにし,恬として恥じない,その西洋人の傲岸,無礼だ。「蝶々夫人」は芸術作品ではなく,人種差別のキリスト教西洋プロパガンダである。

[5]
もちろん,現代の価値観で過去を一方的に裁くことは許されないし,そんなことをしても生産的ではない。が,その一方で,普遍的な人間性の理念への訴えを見失えば,文化も芸術も退廃する。

カントがいうように,「汝の人格ならびに他のすべての人の人格における人間性を常に同時に目的として使用し、けっして手段としないように行為せよ」,「汝の意志の格率が同時に普遍的な立法の原理として通用しうるように行為せよ」ということは,いかなる場合にも,決して忘れてはならないことだ。

もしオペラ演出家や指揮者が,普遍的真理の観点からの作品の精神性への批判を頭から放棄してしまうなら,いくら技巧が優れていようと,そんな作品は鑑賞に値しない。たとえ帝王指揮であろうと,屑籠行きだ。

[6]
「蝶々夫人」には,他の解釈・演出もあろう。カネとヒマができたら,他のDVDを買ってきて比較してみようと思う。 それにしても,異文化の理解は難しい。このネパール評論が,ネパール蔑視とならないことを願うばかりだ。

【参照】岩上安身ツイッター“蝶々夫人と日米関係”(2014/03/13追加)
  蝶々夫人と日米関係1  蝶々夫人と日米関係2

Written by Tanigawa

2009/02/25 @ 00:25

カテゴリー: 音楽, 文化, 人権

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