ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

停電資本主義

谷川昌幸(c)

 1.停電革命論の誤り

以前,停電革命論を唱え,停電で困っている人々の顰蹙を買った。電力依存度が高いのは農村より都市,庶民より有産階級だから,停電により格差が解消され,平等化が促進される,といった趣旨だった。ところが,実際にはそうはならなかった。

 

今日はカトマンズ滞在3日目。1日16時間停電。もしこれが日本なら,暴動か革命か戦争になっていただろう。政府が倒れてしまうのはいうまでもない。ところが,ここネパールでは,人々はぶつぶつ不平を言いつつも,たいした混乱もなく生活している。私の停電革命論は間違っていた。

 

2.停電資本主義

カースト社会を基盤とした資本主義は,それほどヤワではなかった。停電が日常化すると,資本家有産階級は発電機を買い自家発電。これに対し,無産庶民階級は無電力生活に逆戻り。商売でも,発電機投資ができる店はますます繁盛し,そうでない店は没落していく。ネパールでは,停電ですら,資本主義化を促進しているのだ。

 

これを支えているのが,依然として残るカースト意識。停電資本主義により生活格差が拡大しても,庶民や貧困層は暴動にも革命にも走らない。ぶつぶつ文句を言いつつも,結局はそれに順応している。

 

3.資本主義前衛としての共産党幹部

一方,本来なら停電革命を指導すべき共産主義諸勢力は,議会の2/3を占めながら,彼ら自身が停電資本主義の「勝ち組」となっており,16時間停電の絶好のチャンスを生かそうとはしない。共産党幹部は,自家発電でヌクヌクと暮らし,前衛は前衛でも,共産主義革命ではなく,停電資本主義の前衛となってしまっている。

 

このネパールが大きく変わるには,犠牲は大きくならざるをえないが,やはり何らかの原理主義革命が必要なのではないだろうか?

 

下図は,自家発電で営業中のレストラン。客はわれら2人以外は,欧米帝国主義国ブルジョアばかり。満席で繁盛していた。食事代,1人750ルピー。

 

Written by Tanigawa

2009/03/12 @ 12:07

カテゴリー: 経済