ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ゴルカの落差と格差:美少女の不幸

 谷川昌幸(C)
ゴルカの町(バスターミナル付近)と,その上下の村との高度格差と生活格差には,目がくらくらする。 バスターミナル付近は,電気,水道が普及し,生活はカトマンズや日本の地方都市と大差ない。この十数年で急速に近代化したのだろう。
 
ところが,そこから急勾配の踏み分け道を20~30分も登ると,電気も水道もない民家がたくさんある。ゴルカの女性はみな美しい。これらの家の美しい少女や主婦たちが,重い水瓶を右手で腰のところに抱え,あるいはドッコに乗せ,転げ落ちそうな急坂をあえぎ,あえぎ登ってくるのを見ると,胸が痛む。
 
水場のある眼下のバス・ターミナル付近が急発展しなければ,これら美少女たちの生活は苦しくとも幸せであったであろう。しかし,いまは幸せとは到底思われない。眼下の町では蛇口をひねれば水が出て,炊飯器でご飯を炊き,テレビを楽しむことができる。空いた時間には美しい服を着て,友人たちと外出もできる。眼下の町との生活格差は,高度落差以上にはなはだしい。幸せでいられるはずがない。
 
このゴルカでは,そして他の大部分の地方では,マオイズムは決して時代錯誤でもなければユートピアでもない。この生活格差を救済するには,革命的変化によらざるをえない。日本も欧米も,みな血なまぐさい暴力革命により近代化してきたのだ。
 
たしかに暴力革命は犠牲が大きく,避けることができれば,それにこしたことはない。しかし,この目もくらむような高度落差の国の絶望的生活格差を見ると,平和的改良の難しさに,だれしも途方にくれざるをえないだろう。
 
 ゴルカ・バスターミナル
 
 水運びの村の美少女2人
 
 山腹の民家(バスターミナルから約20分)

Written by Tanigawa

2009/03/21 @ 15:16

カテゴリー: 社会, 文化

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