ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ゴルカのマオイスト

谷川昌幸(C)
バブラム・バタライ氏に敬意を表し,ゴルカの状況調査に行ってきた。道路は,カトマンズ・ムグリン間もムグリン・ゴルカ間も,最近改修されたらしく,予想以上によかった。特にポカラ分岐点からゴルカまでは,バブラム道路かな(?)と思うほど快適だった。ネパールにも政治道路があるのだろうか?
 
ゴルカは初めて。山腹の小さな町だが,この近辺の村々の中心らしく,屋根にまで乗客を満載したバスがかなり頻繁に通っており,バザールもにぎわっていた。 町も周辺の村々もカラカラに乾燥し,赤煉瓦色の土はサラサラの粉末状となり,一面を覆っている。水は豊富で,いくつも水場があるが,各戸への水道は普及していないらしく,大きな水瓶を持った少女たちが急坂をあえぎあえぎ登ってくる。過酷な労働であり,水の貴重さが身にしみる。
 
ゴルカはバブラム・バタライ氏の本拠だが,マオイストのポスター類は意外に少ない。町の入り口には,例のマオイスト・アーチが設置されていたが,ポスター類はUMLのものもNCのものもある。 夕方,数十台のバイクと乗客満載のバス2台と,武装警官満載の車両が登ってきた。マオイストと警戒の武装警官らしい。バイク隊は凶暴そのもの,そしてバス満載のYCL(たぶん)も大声でシュプレヒコールを叫んでいた。 こんな夕方から何をするのかと見ていると,小型トラックに乗り換え,停電で薄暗い村々を回って,オルグをやっているらしい。遠くの村の方面から,シュプレヒコールが聞こえてくる。やがてゴルカの町に戻ってきて,ホテル下の広場で解散となった。こんな圧力を掛けられたら,村人は抵抗できないだろう。
 
ただ,ネパールの不思議なところは,先にも述べたように,他勢力が根絶されるのではなく,共存していることだ。軍駐屯地があり兵隊だらけだし,シャハ王家のゴルカ王宮には熱心な信者の参詣が絶えない。高級ホテル(といっても1室15ドル)では,朝7時からお偉いさんが車で参集,チャッカリ兼朝食兼選挙運動(?)をやっていた。警察幹部らしい人も一緒だった。 ヒマラヤは,春霞のため全く見えなかった。
 
  
 ゴルカ(2009.3.20)

Written by Tanigawa

2009/03/21 @ 00:39

カテゴリー: マオイスト, 旅行

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