ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

シンガポールの医療商売

谷川昌幸(C)
カトマンズからシルクエアー(シンガポール航空系)に乗ると,「シンガポール観光局保健サービス部」のパンフレット(38ページ)が全員に配布される。いぶかりつつ見ると,これはシンガポールでの病気治療の宣伝であった。
 
「まえがき」によると,シンガポールの医療はWHO基準でアジア随一,世界中の人々が,多文化多言語環境の下で安心して高度の医療サービスを受けられるという。
 
この「まえがき」に続き,シンガポールで,いかに快適に高度な医療を受けたかの体験談が,いくつか紹介されている。ホーチミンから来た老人は,「外国人なのに,お医者さんも看護師さんも私と家族を暖かく迎え,治療方法を詳しく親切に説明し,すばらしい治療をしてくれた」と感謝している。アラスカの中年女性は,アメリカではMRIが25~37万円といわれたが,シンガポールでは5万円だった。「シンガポールは外国人患者を大切にする。小さな国だが,医療はすばらしい。これからはアメリカ人がもっともっと治療を受けに来るに違いない。」
 
同種の宣伝は,シルクエア機内誌「Silkwinds」やシンガポール航空機内誌「Silverkris」にも掲載されている。Silverwindsによると, 
  ・1000人の国際的資格を持つ医者 
  ・年間370万人の患者 
  ・19万7千件の手術
だそうだ。合理的というか,露骨というか,要するに,病気治療を安く上手にしてあげるから,シンガポールにいらっしゃい,ということだ。
 
シンガポールの医療水準や治療費が世界的に見てどの程度か,についての知識は全くない。しかし,この徹底した合理主義からして,宣伝に偽りはなく,おそらく高度の医療サービスをreasonableな費用で受けられるのだろう。
 
シンガポールは,よいところに目をつけた。人間の生命,健康こそ,最高の商品であり,合理主義に徹すれば,これはよい商売になる。シンガポールは医療サービス立国を目指すことにしたのだ。
 
今後は日本の患者も日本を見限りシンガポール,あるいはそれに続くタイやインドに治療を受けに行くようになるだろう。素人の勘にすぎないが,すでにいくつかの分野では,これらの国の医療サービスの方が上のようだ。ネパールの病院にさえ,世界的権威といってよい医者が何人かいる。
 
日本のサービスは医療でも教育でも劣化著しい。日本の学校は,まもなく見捨てられるだろう。子供たちは,日本の学校をパスし,外国の学校に行くようになる。そして,次は病院だ。アジア諸国は,物をつくるよりも,優秀な医者や教師を育成し,先進国から患者や生徒を集める方が手っ取り早い。シンガポールはそこに気づき,医療商売や教育商売を始めたのだ。
 
が,しかし,である。シンガポールの高度な医療サービスを受けられるのは,誰か? ネパールではそれは,政治家や金持ちに限られる。アメリカや日本でも,いずれそうなるであろう。医療や教育を合理化すれば,地域の公共医療や公教育は崩壊し,多数の犠牲の上に少数エリートの利益が図られるようになるであろう。
 
医療も教育もサービスには違いないが,地域社会から隔離して提供されるようなものではない。それらは,地域社会と共にあるべきものだ。だから,ネパールの政治家は,シンガポールやタイやインドの医療がいかに優れていようとも,国民を後に残し,これらの国へ病気治療に行くべきではない。同様に,将来,シンガポールの医療が日本医療を大きく凌駕するようになっても,日本の政治家はシンガポールに治療に行くべきではない。
 
政治家が,抜け駆けで,自分の病気治療や子供の教育を外国に求め始めたとき,国は滅びる。 シンガポールの医療サービス宣伝を見たとき,直感的,本能的に,いや~な感じがしたのは,病気を商売の種にしているからというよりは,それを反共同体的と感じたからであろう。
  チャンギ空港(シンガポール)

Written by Tanigawa

2009/03/24 @ 22:44

カテゴリー: 社会

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