ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

北朝鮮「飛翔体」と防衛省カタカナ英語の危うさ

谷川昌幸(C)
1.ロケット発射誤報
北朝鮮ロケット発射について,防衛省は2回も誤報を流すという大失態を演じた。内外の信用失墜ばかりか,偶発戦争の危険性さえある。げに,恐ろしい。どうして,こんな誤報が発生したのか?
 
2.カタカナ英語の危うさ
防衛省は「秘密」組織なので,今回の誤報の真の原因は,おそらく発表しないだろう。隠蔽は軍の本質であり,情報公開を求めるのは,木によりて魚を求めるようなものだ。だから以下も推測だが,蓋然性は高いと思う。
 
今回の発射関係報道を見ていると,自衛隊の情報収集・伝達が予想以上にカタカナ英語(英語もどき)に依存していることが,よくわかった。こんなカタカナ英語では,緊急事態に対応できないし,誤解・誤伝達が発生するのも避けられない。緊急時には母語が絶対に必要だ。
 
そもそも自衛隊は国を守ると公言しながら,実際には自ら英語帝国主義に降伏し,その下僕に成り下がっている。国を守るとは,その魂たる文化を守ることであり,文化の核心は言語にある。母語を放棄し,(可能的)敵性言語たる英語に屈服して恬として恥じない自衛隊に,国民の生命・身体が守れるとは思えない。
 
このカタカナ英語原因説のもう一つの傍証は,誤探知・誤伝達発生後の政府の対応。それまで「ミサイル」発射とはしゃぎ回っていたのに,誤探知・誤伝達発覚後は,「飛翔体」発射と言い換えた。「飛翔体」という表現は,公文書では以前から使用されていたようだが,政府発表やマスコミ報道はもっぱら「ミサイル」だった。
 
「(軍事的)ミサイル」とも「(平和的)衛星」ともいいたくなければ,価値中立的な「ロケット」と表現すればよいのに,カタカナ英語によほど懲りたのか,膾を吹き,わざわざ「飛翔体」などという非日常的な固い表現を多用し始めた。カタカナ英語のあまりの恥ずかしさに,照れ隠しで,国粋主義に逆噴射したのだろう。誤探知・誤伝達の原因は,やはりカタカナ英語ではないか?
 
3.ヒステリーはリアリズムではない
それと,今回の「ミサイル」ないし「飛翔体」発射騒動で,いかがなものかと考えさせられたのは,マスコミのヒステリックなまでの一方的報道だ。
 
北朝鮮の体制は非民主的だし,日本人拉致も許し難いが,かりにそれらを括弧に入れ,「飛翔体」発射問題だけを考えてみると,米日とも「飛翔体」は多数打ち上げている。「ミサイル」だとしても,何百倍,何千倍ものミサイルが北朝鮮には向けられている。それなのに,なぜ北朝鮮「飛翔体」がこれほどまでに一方的にヒステリックに非難攻撃されなければならないのか?
 
たしかに北朝鮮はもっとも理解しがたい「他者」である。だから一方的非難報道になりがちなのはわからないではないが,しかし識者とされる人々までが無反省にそれに流されていては,対応を誤る恐れがある。
 
理解しがたい「他者」なればこそ,最大限その立場に立ってみる努力が必要だ。立場の移動,複眼的思考だ。その努力をした上で,過剰でも過小でもない――少なくともアメリカ程度には――合理的な対応をとる。そうした心構えが必要なのではないだろうか。
 
(参考)ニューヨークタイムズの批判精神
ニューヨークタイムズ(4/5)は,自分ではきちんと「ロケット発射」と見出しをつけて報道する一方,Daily Yomiuri紙面の写真を皮肉たっぷりに掲載している。 そこには,ヒステリックな巨大活字で「ミサイル発射」と印刷されている。さすが,うまい紙面作りだ。
(New York Times, Apr.5)

Written by Tanigawa

2009/04/05 @ 16:57

カテゴリー: 平和

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