ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

オバマ核廃絶発言と長崎の平和運動

谷川昌幸(C)
快晴の土曜午後,またまた平和公園「原爆資料館ホール」に行き,「長崎平和推進協会」25周年記念行事に参加した。 「平和」については,被爆地ナガサキは特異な位置にある。「反核」「平和」は市の政策となっており,学校で繰り返し教えられ,生徒・学生の「平和活動」も盛んだ。もしこれが他の土地であれば,「偏向教育」,生徒の「政治活動」と糾弾されるかもしれない。長崎の「平和」の濃さは,8年前,山形からボロ車を転がしこの地に入ったとたん,いたるところで感じ,驚いたものだ。
 
その長崎の「核廃絶」運動の中心の一つが,この「長崎平和推進協会」だ。わがゼミの学生もシンポジウムにパネラーとして参加し,堂々と「反核」「平和」を訴えた。実に,頼もしい。
 
この点を十二分に確認した上でいうのだが,このところ少々気になるのが,長崎におけるオバマ大統領評価である。 周知のように,オバマ大統領は大統領選で核廃絶を訴え,この5日には米EU会議のために訪れたプラハで演説し,広島・長崎に核兵器を使用した米国の核廃絶への道義的責任を認め,具体的な核廃絶への努力を明言した。長崎ではこの一連のオバマ発言が高く評価され,オバマ礼賛に近い発言や記事が巷にあふれている。
 
しかし,これは少し違うのではないか? オバマ大統領の核廃絶発言が長崎の平和運動の絶好の追い風になることはまちがいない。私たちは,これをテコに核廃絶運動を前進させることができるし,またそうすべきだ。その意味ではオバマ発言は歓迎すべきものだ。
 
しかし,他方では,オバマ発言の冷静な分析も必要だ。ブッシュ前大統領が理想主義者であったのに対し,オバマ大統領は現実主義者だ。決して,逆ではない。
 
オバマ大統領が核廃絶努力を選択したのは,核兵器が米国にとっては使えない兵器でありながら,「テロリスト」の核攻撃は十分にあり得る事態となってきたからである。「テロリスト」は使えるが,米は使えない。米核兵器に「テロリスト」抑止力はない。まったくない。だから,米は核廃絶を言い始めたのだ。 一方,通常兵器では米は圧倒的に優位にある。核兵器を規制し,通常兵器に比重を移すことが,米国の国益には叶うのである。それは,オバマ大統領がプラハで核廃絶をいいつつ,アフガン派兵の大幅増強を強硬に主張したことからも明白だ。
 
オバマ大統領は透徹した現実主義者であり,アメリカ国益を合理的に計算した上で核廃絶の発言をしている。長崎は,オバマ発言のこの意図を見据えつつ,それを核廃絶運動のために最大限利用していくべきだ。
 
核は悪魔の兵器であり,廃絶されるべきことは言うまでもないが,その一方,非情に徹し死者総数だけを見るなら,通常兵器によるものの方がはるかに多い。長崎の被爆死は約7万人だが,東京大空襲では約10万人,ドレスデン空襲では数万人。通常兵器による死者数を累計すれば,ヒロシマ・ナガサキの死者数よりもはるかに多い。また,第二次大戦以降のおびただしい死者たちもすべて通常兵器によるものだ。
 
こうした現実を見ずに,以前,批判した小浜温泉の「オバマ感謝祭」のようなノリでオバマ礼賛をしていると,足下をすくわれる。オバマ政権は通常兵器世界戦略に比重を移しつつあり,そこに自衛隊が引き込まれ,アフガンなどへ派遣させられることになりかねない。
 
オバマ核廃絶発言は歓迎すべきだが,しかし,それと同時に,オバマ現実主義への警戒も怠ってはならないだろう。
 
(参考)
 

Written by Tanigawa

2009/04/18 @ 23:45

カテゴリー: 平和

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