ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

コミュナリズムの予兆(3)

 谷川昌幸(C)
ネパールへのキリスト教伝道は,かなり早い。山本忠義氏によれば,伝道略史は次の通り。
 
■キリスト教伝道略史
1579 イエズス会チベット・ミッションがネパールに入る。
1629 イエズス会南チベット・ミッションがネパールに入る。
1661 イエズス会神父2名。カトマンズのマッラ王と会見。
1703 チベット=ネパール・ミッション設立。
1715 ネパール・ミッション設立。カプチン会修道士2名,カトマンズ滞在し布教。1722年,カトマンズを追放され,バクタプルへ移り1731年まで布教。
1732 フランシス・ホリス神父,カトマンズにはいるが,すぐ逮捕され投獄。釈放後布教するも,1734年国外退去。
1737 バクタプルとカトマンズのマッラ王,「良心の自由令」発布。カプチン会修道士,カトマンズに戻り布教。カトマンズとバクタプルで,10~30人の教会組織。
1744 ラリトプルのプラカシ・マッラ王,「良心の自由令」発布。
1769 ゴルカのプリトビ・ナラヤン・シャハ王がカトマンズ盆地攻撃。カトマンズのマッラ王はベンガルの英軍に支援を求める。神父・宣教師らは英国スパイと見なされ,投獄。キリスト教弾圧始まる。ヨセフ神父ら57人が亡命,北インドのBettiahに入植。以後,布教禁止。ネパール人への布教はダージリンや印ネ国境付近が中心となる。
1868 スコットランド教会のW・マクファーレン,ダージリンにはいる。
1870 W・マクファーレン,東部ヒマラヤ・ミッション設立,ネパール布教の中心となる。信者数=130(1880), 2500(1900), 14000(1945)
1950年代 1951年,王政復古,開国。宣教師たちは,国王政府の改宗布教禁止を受け入れ,開発援助名目でネパール入国を始める。50年代にカトマンズ,ポカラ,ネパールガンジで教会設立。 
 バクタプル教会(TB・デワン牧師) 
 ジュッダ・サダク集会(プタリ・サダク教会,インド系) 
 ディリバザール集会(ギャネスワール教会,R・カルタク) 
 ブトワル: 1957年にショッバ書店設立 
 タンセン,アンプ・ピパル:ネパール合同ミッション(UMN),諸事業展開 
 キリスト教雑誌『友情(sangati)』発行
1960年代 Nepal Christian fellowship設立(1960)  
 ネパール福音伝道バンド設立(バグルン,ベニ,シッカ) 
 教会建立(ギャネスワール,1969;プタリサダク,1962) 
 ネパール合同ミッション(UMN)がオカルドゥンガ布教(1961)  
 夏期語学研究所設立(1966)  
 キリスト教青年会設立(1967)  
 作戦動員団設立(1968)  
 聖書教会委員会設立(1969)
 
■聖書のネパール語訳
1821 W・ケリー『ネパール語・新約聖書』サンスクリット版からのネパール語訳
1827 W・ケリー『パルパ語訳・新約聖書』
1852 英国国教会スタート師,「ルカ」と「使徒行伝」のネパール語訳。ニーベル師の改訳版(1861)
1875 マクファーレン師,聖書のネパール語部分訳
1876 スコットランド・ミッション孤児出版設立,のちゴルカ出版と改名。ダージリンから,聖書,キリスト教書,学校教科書等を配布。ネパール国内へ聖書行商。
1902 英国聖書協会,ネパール語・新約聖書出版
1914 英国聖書協会,ネパール語・新旧約聖書出版。旧約初版,4500部。
1960年代 ダージリンでネパール語キリスト教文書協会設立。キリスト教関係文書の印刷,出版,ネパール国内への配布。
1977 英国聖書協会『改訂版・ネパール語新約聖書』出版。ネパール語キリスト教文書協会が本改訂版聖書や「詩篇」,新「賛美歌集」を印刷しネパールに配布。
 
*山本忠義「ネパールのキリスト教伝道史(1600s~1960s)」2004 (http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/christ/asia/act2003/act_asia20031219ty.pdf)。これは,Cindy Perry, "A Biographical History of the Church in Nepal," 1989 の翻訳・要約。

 

Written by Tanigawa

2009/06/22 @ 15:39

カテゴリー: 宗教

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