ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ジャー副大統領,鋭敏な政治感覚

谷川昌幸(C)
1.ネパールのシュミット
ジャー副大統領については,ちょうど1年前,その才に驚き,「ネパールのスウィフト」「悪魔の代理人」とまで絶賛した。
 
この見立ては,やはり間違っていなかった。7月24日のヒンディー語宣誓違憲判決への副大統領のコメントも,抜群にセンスがよい。もう一声,「ネパールのシュミット!」と誉めてもよいくらいだ。
 
 C.シュミットは,近代国家の本質を見抜き,それを逆手にとって近代国家を粉砕した。内在的批判のお手本だ。
 
ジャー副大統領も,暫定憲法(包括和平協定)の根本原理を使って,内在的に現体制に攻撃を仕掛けている。恐るべし。まさに「悪魔の代弁人」だ。
 
2.最高裁判決の弱点
ジャー副大統領は,最高裁判決への反論の根拠をいくつかあげているが,政治的にも理論的にも核心にあるのは言語権の問題である。
 
▼最高裁判決
「ヒンディー語による副大統領宣誓は,2007年暫定憲法第36条I(2)と補則1(A),および同憲法の精神に反しており,無効とする。」(Republica 24 Jul)
 
暫定憲法36条I(2)は補則1(A)に従い宣誓することを定めている。そして補則1(A)は,宣誓の書式を規定しているが,「ネパール語により」とは規定していない。ここまでであれば,ネパール語で宣誓する必要はない。
 
難しいのは,第5条である。
 
第5条 国民の言語(राष्ट्र भाषा)
 (1)ネパールで母語として話されているすべての言語は,ネパールの国民の言語(राष्ट्र भाषा)である。
 (2)デバナガリ表記ネパール語を公務用語(सरकारी कामकाजको भाषा )とする。
 
宣誓を公務(सरकारी कामकाज)とすれば,ネパール語宣誓は義務である。しかし,宣誓は内面性に深く関わるものであり,この点を尊重するならば,ネパール語使用を法的には強制できないことになる。
 
この解釈の妥当性は,制憲議会の議員宣誓により裏付けられる。制憲議会議員は,暫定憲法第68条により宣誓を義務づけられている。
 
ところが,Times of India (24 Jul)によれば,タライ選出の大臣や議員たちは,ヒンディー語で宣誓しているという。また,ジャナジャーティ選出議員たちも,それぞれの母語で宣誓しているという。記事では詳細はわからないが,相当数がネパール語以外で宣誓しているのではないか。
 
副大統領宣誓と議員宣誓は,まったく同じ性格のものだから,もしこの記事が正確だとすれば,宣誓はネパール語使用を義務づけられる公務(सरकारी कामकाज)ではないことになる。
 
さらに,最高裁判決は「暫定憲法の精神」を引き合いに出しているが,この点ではジャー副大統領の方に理がある。暫定憲法(包括和平協定)の精神は,いうまでもなく包摂民主主義であり,民族文化の尊重だ。ヒンディー語は,ネパール国家自身が公認した「国民の言語(राष्ट्र भाषा)」の一つだ。ネパール国民が,国民の言語で宣誓して,どこに不都合があるのか? ジャー副大統領の勝ち!
 
3.急所攻撃の冴え
もちろん,ジャー副大統領が,がんばり通せるかどうかは,微妙なところだ。タライ諸派は,副大統領支持で結集し始めた。しかし,ネパール語を母語とする多数派は,それを「インドの策謀」として弾圧しようとしている。ヤダブ大統領は,宣誓をやり直したりせず,潔く辞職せよ,と副大統領にアドバイスしている。どうなるかは予断を許さない。
 
しかしながら,政治的勝敗は別として,ジャー副大統領が世俗連邦共和国を,その依って立つ原理そのものによって,内在的に攻撃していることは明白だ。実に鋭く,センスがよい。
 
4.秀逸な政治的コメント
ジャー副大統領の発言は,したがってセンスがよく,大いに楽しめる。
 
「私はネパール語を話さない。ネパール語は書けない。マイティリ語,アワディ語,ボジピュリ語は話す。もし就任宣誓をもう一度求められたら,英語で宣誓するつもりだ。」(Hindustan Times, 25 Jul)
 
「『政治的にいうなら(politically speaking),私はネパール語がわからない。だれもネパール語で宣誓することを私に強制することはできない』と,副大統領は流暢なネパール語で語った。」(Republica, 24 Jul)
 
日本の政治家に,これほど機知に富んだコメントが出せる人がいるだろうか? 特に,後者の発言は,傑作といってよい。
 
わが麻生首相は,英語がろくにできないにもかかわらず,米大統領らに英語で語りかけ,「何が言いたいのか,よくわからないね?」と,バカにされた。政治家たるもの,「政治的に語る」場合には,たとえ外国語がわかっても,「わからない」というべきなのだ。
 
その点,ジャー副大統領は,センスがよい。いま何が問題なのか,どこを突けば敵が一番困るかをよく知っていて,その急所をズバッと突いた。
 
ジャー副大統領のもくろみが成功するかどうかは,わからない。が,そんなこことは度返しで,あるいはまたワイロを取ろうがエコヒイキしようがそんなことは度返しで,ジャー副大統領の発言は楽しめる。
 
 C.シュミットと同じく,危険だが,面白い人物だ。

Written by Tanigawa

2009/07/26 @ 21:37

カテゴリー: 民族

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