ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

インドラ祭と的外れマオイスト

谷川昌幸(C)
1.ヒンドゥー教王国のインドラ祭
インドラ祭は,ネパール統治を宗教的に権威づけるための「祭事」の色彩が濃かった。歴代シャハ家国王たちは,この「祭」を(事実上)主催することにより自らを権威づけ,ネパールの「政(まつりごと)」を執り行ってきた。まさにインドラ祭こそが,ネパール神権政治(theocracy)の頂点に位置するものだったのである。
 
そして,民主化運動Ⅱ以前のネパールはヒンドゥー教国家であったから,国王がインドラ祭に(事実上の)祭主として臨席し,タレジュ神化身としての生き神様クマリやガネーシュ神,バイラブ神を拝礼し,祝福を受けても何ら問題はなかった。むしろ,国王はヒンドゥーの神々の守護者であり,神々によって祝福されて当然だったのである。
  *クマリについては,V.マッラ(寺田鎮子訳)『神の乙女クマリ』1994年参照。
 
 2009.8.28撮影
インドラ祭山車3台。クマリ用は手前
 
2.世俗国家とインドラ祭
ところが,ネパールは民主化運動Ⅱの成功により世俗国家となった。もはや神権政治も祭政一致も許されない。政治と宗教は分離されなければならない(政教分離の原則)。
 
したがって,大統領や首相,大臣らは,原理的にインドラ祭には参加できない。インドラ祭は,宗教儀式ではなく社会的習俗だという反論もあろうが,どうみても,この議論は無理だ。インドラ祭は,靖国神社例大祭以上に宗教的である。
 
3.インドラ祭拒否のプラチャンダ首相
昨年(2008年)のインドラ祭には,ヤダブ大統領とジャー副大統領は出席したが,当時首相であったプラチャンダ氏(マオイスト議長)は欠席した。
 
 このプラチャンダ首相のインドラ祭出席拒否を,私は高く評価する。さすがマオイスト,唯物論者としての筋を通したのだ。
 
4.神権政治復帰のインドラ祭
ところが,今年のインドラ祭には,大統領,副大統領,MK.ネパール首相,諸大臣,高級官僚らが,雁首そろえて出席した。下図を見よ。かつての国王が大統領に代わっただけで,「祭=政」の構図は何ら変わっていない。
 
とくにけしからんのがMK.ネパール首相。国家統治の最高責任者のくせに,そして共産党の党首にしてバリバリの共産主義者のはずなのに,どうしてこんな少女虐待宗教儀式に出席できるのか?  生き神様クマリを礼拝する唯物主義共産主義者――まるでマンガだ。
 
インドラ祭臨席の大統領閣下と首相閣下(写真はnepalnews.comより)
 
生き神様クマリと,ティカ(祝福)をうけた大統領。(写真はRising Nepal, Sep.8より)
 
5.センスの悪いマオイスト抗議活動
このインドラ祭に向かう大統領,首相らに対し,マオイスト系の「ネワ民族解放戦線」が激しい抗議活動を繰り広げた。これを聞いて,私は当初,てっきり政府高官たちの宗教行為への抗議だと思った。それなら正義は原理的に解放戦線の側にある。
 
ところが,そうではなかった。彼らマオイストは,軍に対する文民優位(civilian supremacy)の確立を求め,カトワル前参謀長を擁護した大統領らに抗議していたのだ。これはもちろん,一つの大きな争点ではあるが,ここで持ち出すのは,あまりにも場違いである。
 
彼らの眼前では,いままさに迷信的神権政治が行われようとしているではないか? どうして,これを攻撃しないのか? ここを攻撃すれば,マオイストは必ず勝てるのに,なぜそれを忌避するのか? 政治的センス,悪いなぁ。
 
それとも,彼らマオイストもヒンドゥーの神々を恐れているのかな? みっともない話だが,ひょっとすると,そういうことかもしれない。

Written by Tanigawa

2009/09/09 @ 22:06

カテゴリー: 宗教

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