ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

自衛隊海外派遣:「民軍協力」から「軍民協力」へ

谷川昌幸(C)

1.UNMIN派遣隊員がCRF教官に
吉田鈴香著「ただ今,陸上自衛隊国際活動教育隊に滞在中!」(日経ビジネスOnline,2009.9.16)によると,UNMIN派遣陸上自衛隊員(氏名不明)が,帰国後,その経験を評価され,中央即応集団(CRF)国際活動教育隊の教官に任命され大活躍されているという。

これは,当然,予想されていたことだ。ネパールに陸自隊員6名を派遣しても,ネパールにとっては,象徴的意味はあっても,実質的にはほとんど無意味だ。

しかし,自衛隊にとっては,UNMIN派遣は大きな意味を持つ。寺院とヒマラヤ,素朴な村人と子どもたちを背景に,ほとんど危険のないネパールで崇高な国際協力活動をする。その様子をPRし,またその経験を教えるなら,ネパール好きの日本人たちは自衛隊の国際協力活動を絶賛,自衛隊入隊希望者が激増し,隊員は競ってCRFを志願するに違いない。UNMIN派遣は,自衛隊の海外活動拡大への先兵なのだ。

自衛隊にとって,海外活動,特に国際協力活動は,無限に活動領域を拡大しうる未開の新天地だ。大勝で政権を握った民主党も,この方面への自衛隊活用を考えており,自衛隊にとっては念願の好機到来といったところである。

そして,その中心にあるのが,CRF(中央即応集団)である。山口浄秀CRF司令官(当時)によれば,CRFは「地球規模の対応」を任務に,「所命必遂,世界最強を目指す」という(『小原台だより』H20.1.1)。地域無限定,任務実質無限定,その気になれば,自衛隊はどこまでも拡大できる。「世界最強を目指す」と公言しているのだから,まちがいはない。
陸自・駒内駐屯地(グーグルより)

2.自衛隊違憲論の凋落
自衛隊をめぐる状況は,この数年で劇的に変化した。朝日新聞の自衛隊容認・積極活用への変節以降,自衛隊違憲論は凋落し,違憲を唱えても神学論争と嘲笑され,相手にもされなくなった。いまでは自衛隊の存在は当然のものとされ,それを前提に,いかに活用するかがもっぱら議論されるようになった。

自衛隊の海外派遣についても,以前であれば,合憲違憲の議論は避けられなかったのに,いまではそのような原則的な議論は棚上げにされ,あるいは海外派遣の合憲性は当然のものとされ,もっぱら具体的な国際協力活動において自衛隊をどのように活用するかが議論の中心になっている。

3.民軍協力
自衛隊の国際協力活動を認めるなら,当然,軍隊(自衛隊)と非軍事組織との関係が問題になってくる。自衛隊は,派遣先で,非軍事組織の人々と様々な形で協力し活動せざるをえない。これが「民軍協力(Civil-Military Cooperation)」である。この「民軍協力」については,たとえば次のように説明されている。

「民軍協力(CIMIC)=国際的な人道援助や平和活動において文民組織と軍事組織とが共通の目的や個別の目的の実現のために、互いが連携を図って協力することを指す場合に用いる。単なる民軍間の意思疎通、情報共有、調整といったレベルではなく、文民組織と軍事組織が共同で活動を展開する場合を想定している。・・・・なお、陸上自衛隊中央即応集団ではNATOのCIMICにあたる言葉に「民生協力活動」を用いており、その目的として「現地政府機関や地域住民等の信頼と協力を得て任務遂行を容易にする」ことを掲げている。」(上杉勇司「序章」,上杉ほか編『国家建設における軍民関係』2008,p25)

この「民軍協力」あるいはそれよりやや広義の「民軍関係(Civil-Military Relationship)」の行動指針は,文民組織側がつくったものであるが,最も標準的とされている「複合緊急事態での国連人道活動のための軍隊と民間防衛資産の使用に関する行動指針(MCDA)」(2003)によれば,次のようなものだという。

「①軍事的資産の使用要請は、政治的な当局からではなく、人道・現地調整官が人道的基準のみにもとづいて決定する。

②軍事的資産は、最後の手段として人道支援組織に利用される。つまり、軍事的資産は、文民の側に代替措置がない場合に、緊急の人道的ニーズを満たすために活用される。

③たとえ軍事的資産を活用したとしても、人道活動は文民の性格と特徴を保つ。軍事的資産は軍の統制下に残るものの、人道活動の全般的な権限と統制は人道支援組織が保持しなくてはならない。このことは、軍事的資産が文民の指揮統制下に入ることを意味しない。

④人道活動は人道支援組織が実施しなくてはならない。軍事組織は人道活動を支援する役割はあるが、本来業務での人道支援組織と軍事組織の役割と任務を明確に差別化するため、可能な限り、直に人道援助を施してはならない。

⑤軍事的資産を活用する際には、予め期限と規模を明確にし、今後どのように文民への移譲を進めていくのかを明らかにする。

⑥人道活動を支援するために軍事要員を派遣している各国は、国連行為規範(UN Codes of Conduct)と人道原則を遵守しなくてはならない。」(上杉,上掲書,p31)

4.軍事活動の本来的消極性と日本の役割
途上国支援活動においては,文民組織(政府,民間)が軍隊の支援を受けざるをえない場合があることは,もちろん否定できない。支援が必要な事態であればあるほど,紛争や内戦で治安が乱れており,文民組織だけでは安全の確保が難しい場合は確かにある。

しかし,ここで注意すべきは,上記MCDAも規定するように,一般に,軍隊による支援活動はあくまでも非常時,緊急時に限られるのであり,軍民の関係は分離を原則としなければならない。実力組織としての軍隊の活動は,本質的に消極的(negative)なものであり,他に手段がない場合の最後の手段として許容されるにすぎない。

ところが,日本の場合,もともと,この限定された国際協力でさえも許されていない。日本国憲法をきちんと読めば,軍隊(戦力)保持の禁止は明白であり,したがって違憲の軍隊を海外に派遣し国際協力活動をすることは,論外であり,憲法上それは到底許されない。

他国から何を言われようとも,日本は憲法上,非軍事的国際協力に徹せざるをえないし,また,現代史の流れをみると,それこそが今後の世界の進むべき方向であることも明かである。日本は非軍事的平和貢献を選択したのだから,率先してその課題に取り組むべきである。

5.「民軍協力」から「軍民協力」へ
日本は非軍事的国際協力に徹すべきだと考えるのは,憲法により禁止されていることと,歴史がそれを要請していることに加え,軍隊の持つ本質的危険性を恐れるからである。いったん自衛隊(軍隊)を海外に出し,「民軍協力」を始めてしまうと,おそらく「民軍協力」はいつしか「軍民協力」に変質してしまうであろう。特に日本においては,その危険性が高い。

軍隊は最強実力集団であり,秘密主義(軍機)と自己増殖本能を持つ。特に日本は,軍部独走の苦い経験を持つ。アメリカですら,産軍複合体は制御不能ともいわれている。そのような本質をもつ軍隊(自衛隊)を監視が困難な海外に出し,国際協力に参加させると,民主的統制(文民統制)が利かず,冒険主義と自己増殖に陥る恐れが強い。「民軍協力」のつもりで始めたら,いつの間にか「軍民協力」になっていた――そのような恐れのある危険な冒険は,始めるべきではない。

6.「軍の必要性に目覚めた」吉田氏
冒頭で紹介した国際ジャーナリスト吉田鈴香氏の場合も,「民軍協力」が「軍民協力」に変質してしまいそうな危惧を感じざるをえない。

吉田氏には,『アマチュアはイラクに入るな』(2004),『紛争から平和構築へ』(2003),『NGOが世界を拓く』(1995)などの著作がある。私は,いずれもまだ読んではいないが,書名だけからも,途上国援助や平和構築に関する広い知見をお持ちの方だということがよくわかる。

ところが,先述の記事「ただ今,陸上自衛隊国際活動教育隊に滞在中!」を読むと,本当にこれで大丈夫かな,「民軍」のつもりが「軍民」になり始めたのではないか,と疑問に思うような部分が少なくない。

吉田氏は,紛争やPKOの取材を通して「軍の必要性に目覚めたことが契機で自衛隊に関心を持ち始めた」。この記事は,その吉田氏が中央即応集団(CRF)国際活動教育隊(陸上自衛隊駒内駐屯地)に,講師,聴講生,取材者として滞在し見聞したことの報告である。

記事によれば,CRF国際活動教育隊には教官が約80名いて,その一人がUNMIN派遣経験者(氏名不明)である。

まず秘密について。「教育の内容には,秘密情報に触れる講義があるからと,全課程を体験入学することは許されず・・・・」と記されているように,著者も自衛隊が講義ですら秘密にする組織であることを認めている。(軍に秘密は当然だと反論されるかもしれないが,私には,何をしているのか分からないような実力組織を無力な文民がコントロールできるとは,どうしても思えない。)

その自衛隊について,著者が関心を持ったのは,「昨今重要な概念・手法として注目を浴びる『民軍協力』『地域復興チーム(PRT)』だった」。そして,すでに「研究の世界でも軍と民の交流は行われているのだから」,講義の内容は「文民がとらえるそれと同じであった」という。

しかし,これはつい数行前の記述とは矛盾する。著者は「秘密情報に触れる講義」には参加を許されなかった。軍隊には,文民組織では考えられないほど多くの秘密情報がある。講義の内容が文民組織と同じであるはずがない。特にNGOの中には,「民軍協力」そのものに否定的なものも少なくない。

著者も,教官たちへの取材を通して,中央即応集団では「任務全般における『民軍協力』『地域復興チーム』の位置づけが決定的に文民のそれと違うことに,気がついた」。

「軍にとってそれは1つの必要事柄にとどまる。軍が求められているのは,現地の要望と自分たちの能力との最大公約数をかなえること,任務を遂行するために自陣の兵(自衛官)が心身ともに正常な状態で過ごせるように配慮すること,母国の国民にアカウンタビリティーを示すことである。・・・・他国軍との協調行動,法令遵守,軍人の質の維持,必要な装備品の補給,つまり兵站など,『軍』としての普遍的な機能を維持するための能力をどんな地においても保つことが大事である。民軍協力もPRTも,任務達成のために必要だから行う1つの方法にすぎないのだ。」

ちょっと文意がつかみにくいが,結局は,軍は軍としての存立が第一ということではないか。

また,「家族の無事は,平常心であり続けるために必要」とゴチックで力説されているが,これはロマンチックな「銃後の守り」を想起させる。

さらに,こんなこともサラッと主張されている。

「教育の終盤,いよいよチームは集中訓練に入った。ある仮想の国に入って,国連PKOの枠組みの中で後方支援業務を行い,自主的な人道支援活動も行うことを想定して,計画,実施を行うのである。」

「(高木真一三等陸佐は)イラク派遣時,ただ上司からの指示を待つだけでなく,もっと自分からアクションを起こすべきではなかったか,と後になって思い始めたというのだ。」

これは,かなり危ない文章だ。軍隊は上官への絶対服従を大原則とする。武器を持つ部下が自主的に判断し動き始めたら,文民統制も何もあったものではない。現場で自主的に判断し積極的に行動してよいのは,文民組織,特にNGOである。軍隊はその正反対。軍人は,文人の命令を受けた上官の命令に絶対服従すべきもの。海外派遣軍人に,現地での自主的活動は,原理的に,許されない。

吉田氏が,自衛隊にこのような文民統制違反の活動を期待されるのは,文民組織の行動規範を無意識のうちに軍隊に移入させているからではないだろうか。吉田氏において,「民軍協力」はすでに「軍民協力」に変質し始めているのではないか。こんなことさえ主張されている――

「これまで国際協力の現場を多く見てきて,国力を強くするためのポイントは農業と軍であると考えている・・・・。」

■戦車に乗り感激の吉田氏(月刊正論)
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「90式戦車に乗り込み感激のあまり手を挙げる宮嶋氏と吉田氏。戦車運転指示は岡本陸曹長、運転は澤入陸曹長にお願いした。」(月刊正論 http://www.sankei.co.jp/seiron/koukoku/2002/ronbun/06-r3.html)

Written by Tanigawa

2009/09/22 @ 20:48

カテゴリー: 平和