ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

浅井基文氏のオバマ批判と北朝鮮擁護論

谷川昌幸(C)
24日(土)午後,久しぶりの好天を横目に,浅井基文氏の講演(「日米安保50年」講演会―核密約と普天間問題を検証する!―)を聴きに行った。浅井氏は,「広島平和研究所」所長。
  
 
浅井氏は,オバマ大統領の「プラハ演説」や「ノーベル賞受賞演説」が,日本のマスコミでもてはやされているような核廃絶を目的としたものではなく,核拡散を防止するための「核管理論」にすぎないこと,またオバマ大統領が「邪悪」に対抗するための戦争を肯定していることを指摘し,厳しく批判された。
 
このようなオバマ批判は,講演会に参加していた多くの長崎市民をいたく落胆させたように感じられたが,私にとっては,これまでに表明してきた私自身のオバマ解釈と同じであり,十分に納得できるものであった。
 
しかし,私としては少し納得できないようなお話もあった。それは,北朝鮮の核に関するお話で,私の聞き違えでなければ,浅井氏は次のように説明された。つまり,北朝鮮脅威論は誤りである。北朝鮮の核保有は,米日の圧力の下でのギリギリのせっぱ詰まった選択であった。北朝鮮の核兵器は防衛的なものであり,したがって米日に対して先制的に使用されることはない。お話はこのような趣旨であったと思う。
 
この浅井氏の説明のうち,前段はほぼ納得できる。米日の脅威がなければ,北朝鮮は核兵器まで持つ必要はなかったであろう。追い詰められたすえ,やむなく核を保有するにいたった。おそらく,そういうことであろう。
 
しかし,後段の,北朝鮮の核兵器は防衛的なものであって先制攻撃には使用されないという説明には,少し違和感がある。浅井氏は「防衛的」という言葉そのものは使用されなかったが,お話の内容はそのような趣旨だったと思う。ちょっとあやふやなので,この点についてネットで調べてみた。
 
浅井氏は,所長を務めておられる「広島平和研究所」のホームページにおいて,こう述べている。
 
「北朝鮮をここまで追い込んだのはブッシュ政権の強行一本槍の対北朝鮮政策に最大の原因があることを再確認しなければならない。アメリカの政策が今日の北朝鮮の自暴自棄に近いあがきを生んでいるのだ。」
 
「相手を攻撃する「能力」と「意志」とが合体したときに脅威が成立するとする立論に基づけば、北朝鮮は「能力」は持つに至ったということとなる。 
 しかし、北朝鮮は、核ミサイルを見境なしに日本に対して使う「意志」はあるだろうか。仮に北朝鮮が日本を核ミサイル攻撃したとすれば、それを絶好の口実として、次の瞬間にはアメリカが北朝鮮をたたきつぶすことは目に見えている。金正日が無謀な対日核ミサイル攻撃によって自国の命運と自身の存立を無に帰せしめる愚かな決断を下すはずはないのだ。」(浅井基文「北朝鮮の核実験/ミサイル発射と日本・ヒロシマ」,ニューズレター2006年11月,http://serv.peace.hiroshima-cu.ac.jp/dletter/n2603.pdf
 
あるいは,『週刊 金曜日』(2010年3月26日)でも,浅井氏はこう述べておられる。
 
「「朝鮮半島有事」とか「台湾海峡有事」といった類の主張は虚構であり、まったくのフィクションにすぎません。米国自身が先制攻撃の軍事行動を起こさない限り、こうした事態は起こりえないのです。確かに大手メディアを通じて拉致問題や核開発、ミサイル実験などを材料に、北朝鮮は「恐ろしい国」、「何をしでかすかわからない国」といったイメージが、民族差別意識も底流となって国民に植え付けられている。しかし米軍は過去に北朝鮮に対して原子力空母を意図的に接近させて威嚇しているほか、毎年のように実施している米韓合同演習も、北朝鮮にしてみれば自国への核攻撃訓練であり、それこそ国家存亡に直結する脅威なのです。国力がじり貧なうえにそこまで追い詰められたら、北朝鮮にすればハリネズミが針を逆立てるように、ミサイル実験や核実験で精いっぱいの強がりを示す以外、なすすべがない。
 つまり、米国の先制攻撃を抜きにしてはあり得ない北朝鮮や中国の反撃を「脅威」とあげつらうなどという話は、米日軍事同盟の侵略性を覆い隠すための虚構の最たるものです。」(浅井基文「オバマの核政策とヒロシマ」,HP「21世紀の日本と国際社会」http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2010/327.html
 
浅井氏は,たしかに「防衛的」という表現は使用されていないが,しかしこれらの文章を読むと,北朝鮮や中国の核兵器は先制攻撃には使用されないもの,つまり「防衛的なもの」と見ておられると考えてよいであろう。
 
私には反核平和運動の知識はあまりないが,たしか以前,米の核は攻撃的,ソ連・中国の核は防衛的と区別し,後者を擁護する議論があったと記憶している。浅井氏の議論は,それに近いような感じがする。
 
このような核兵器保有の二分類は,私にはどうしても納得しきれない。米日の核戦略を棚上げにし,一方的に北朝鮮の核だけ非難するのは,もちろん正義に反する。しかし,それは十分認めた上で,いかなる理由であれ核保有には反対する,というのが,反核平和運動の本来の姿ではないだろうか。
 
もう一点,疑問に思うのは,浅井氏が合理的判断をなし得る近代国家を議論の前提にされていることだ。
 
浅井氏によれば,もし北朝鮮が米日を攻撃すれば,米の反撃で北朝鮮は壊滅する。「金正日が無謀な対日核ミサイル攻撃によって自国の命運と自身の存立を無に帰せしめる愚かな決断を下すはずはないのだ。」
 
浅井氏はこのようにいわれるが,この合理的選択の理論が破綻してしまったのが,グローバル化した現代世界ではないだろうか。現代のテロないし自爆攻撃は,近代主権国家を前提とした合理的選択理論の妥当性を完全に否定してしまっている。
 
アメリカが真に恐れているのは,この合理的選択をしない集団や国家の増大である。アメリカは,北朝鮮もそうではないかと恐れている。そのアメリカあるいは日本に対し,北朝鮮は壊滅をおそれ先制攻撃はしない,といってみても,説得力はない。
 
むしろ,国家破綻しそうだからからこそ,先制攻撃を仕掛ける可能性がある。そして,さらにややこしいのは,北朝鮮の苦境には米日の圧力以外にも様々な要因があり,どのような理由でいつ危機を迎えるかわからないことだ。
 
いずれにせよ,北朝鮮を声高な北朝鮮脅威論で追い詰めると,核あるいは他の手段による先制攻撃に走る危険性がますます増大することはたしかだ。これには,米日がいかに重武装しようが,防衛しようがない。9.11には,アメリカの核は何の抑止にもならなかった。米日は,軍事的圧力をかければかけるほど,先制攻撃を受ける危険性が増大するのだ。
 
だから,米日は自国の安全のために,北朝鮮脅威論により圧力をかけるのではなく,逆に北東アジアの緊張緩和にむけたあらゆる努力を尽くすべきである。北朝鮮が先制攻撃をしないからではなく,このままでは先制攻撃の危険性が高まるばかりだからこそ,日米は対北朝鮮政策を変更すべきなのである。
 
けっきょく,結論は浅井氏と同じになった。しかし,北朝鮮の核は防衛的であって先制使用はされない,というようにもとれる浅井氏の議論には,少々違和感を感じる。どの国であれ,武器をもてば,攻撃的にも防衛的にも使用する。北朝鮮もアメリカと同様核兵器を先制使用する可能性がある――アメリカは勝てるとの合理的判断により,そして北朝鮮は非合理的自爆攻撃として。

Written by Tanigawa

2010/04/24 @ 22:41

カテゴリー: 平和

Tagged with , , ,