ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

王制復古の提唱

谷川昌幸(C)
BB・ビスタ氏が,文化的象徴王制への復古を提唱している。
 
Biraj Bahadur Bista, "Engage the monarchy: btter to engage the monarchy culturaly than risk it being exploited dangerous ideologies," Nepali Times, #504, 28 May-3 June 2010.
 
ビスタ氏によれば,以前から国王は民衆に人気があり,行く先々で大歓迎された。民衆は動員されたのでも政治的動機からでもなく,国王の存在そのものに魅せられ,国王のところに詰めかけた。
 
現在は,王制は制度的には廃止されているが,それでもギャネンドラ元国王は依然として人気があり,多くの人々が元国王のところに集まってくる。ところが,以前と異なるのは,その民衆の中にヒンドゥー至上主義(Hindutva)を掲げる人が目立ち始めたことだ。これは,ネパールにとって憂慮すべき徴候である。
 
最近,カマル・タパとクーム・バハドル・カドカも,訪印後,世界ヒンドゥー協会(VHP)がネパール王制の復活を支援してくれるだろう,と発言した。
 
王制は,ネパールという「想像の共同体」の構築において,決定的な役割を果たした。ネパール人は,250年前,国王が多くの民族を統合して「ネパール」とすることによりネパール人となった。ネパール人意識と,それを創り出した王制(国王)との間には,深い結びつきがある。王制廃止後のいまでも,多くの民衆が元国王のもとに押し寄せるのは,王制がネパール人アイデンティティを象徴しているからである。
 
この王制の象徴するアイデンティティは,決して政治的なものではない。王制は,文化的なものであり,そのようなものとして扱うのが賢明である。
 
もしこれを無視し,王制を排除すれば,外国勢力が民衆に人気のある元国王を利用して内政に干渉するようになり,極めて危険である。
 
したがって,新憲法では,王制を復活すべきである。ネパールには多くの民族,宗教がある。それらを統合する「文化的役割」を王制に担わせるべきである。
  ギャネンドラ元国王
 
 ――以上が,ビスタ氏の議論の要旨である。賛否は別として,こうした王制擁護論が出ることは,ネパールにおける憲法論議にとっては望ましいことである。
 
共和制は王制以上に難しい制度であり,運用を誤ると,極めて危険である。王制をとるか共和制をとるか,あるいは共和制とするなら,どのような共和制とすべきか? これは国家の基礎にかかわるもっとも基本的な問題である。こうした問題については,徹底的に議論すべきなのに,ネパールでは原理的議論を十分行わないまま,王制が廃止され,共和制に移行してしまった。
 
しかし,まだ間に合う。新憲法制定までに,王制(君主制)についても十分議論し,象徴君主制と共和制との得失を冷静に比較検討すべきである。共和制にするにしても,そうした議論を踏まえた上での移行とすべきであろう。
 
それにしても,ビスタ氏が韓国で研究されているのは,残念だ。日本に来られれば,世界に冠たる象徴天皇制をじっくり観察し,その研究成果をネパールの憲法制定過程に存分に反映させていただけるのだが。

Written by Tanigawa

2010/06/09 @ 21:13

カテゴリー: 国王

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