ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

核廃絶のトレンド化とネパール

谷川昌幸(C)
9.11により核抑止力の限界に気づいたアメリカが,「国益」の観点から核廃絶に大きく政策転換して以来,「ヒロシマ・ナガサキ」が世界平和のシンボルとしてもてはやされ始めた。
 
アメリカは,さすが偉大な民主国であり,国益のためであれば,自国の核使用の「道義的責任」を潔く認め,今日,8月6日の広島「平和祈念式」にはルース駐日大使を出席させた。
 
 ルース大使(米大使館HPより)
 
アメリカが国家を代表する駐日大使を出席させたということは,事実上,原爆投下の結果への責任をも認めたことであり,暗黙裏に,原爆が非人道的兵器であり原爆投下は戦争犯罪であることを認めたことになる。そうでなければ,つじつまが合わない。われわれも世界の人々もつじつまがあうように解釈する。当然だ。
 
論理的にそうなることを知りつつ,核廃絶への政策転換を断行し,駐日大使を「平和祈念式」に参加させたアメリカは,やはり偉大だ。
 
その勇敢なアメリカにとっては,国益がすべてに優先する。アメリカは,核が抑止力とならず,むしろ危険だと判断し,今後は核廃絶を掲げることが通常兵器で圧倒的優位にあるアメリカの国益のためになると見極めた。そして,いくら苦しくても断固たる政治的決断により,過去の自分たちの言葉や政策を否定し,核廃絶に大きく政策を転換した。これにより,アメリカは世界平和の守護者としての威信を再構築することに成功した。いまや間違いなく正義はアメリカにある。新しいグローバル化時代も,おそらくアメリカ指導の時代となるだろう。
 
美国は実に美事だ。核廃絶を唱えつつアフガン戦争を戦う。いや,アフガン戦争(通常兵器)のために核廃絶を唱える。劣化ウラン弾で被爆被害をばらまきつつ,核なき世界の理念を高らかに掲げる。アメリカはいついかなる時でも冷徹な「国益」で動くのだ。実に美しい。
 
アメリカが,アメリカ国益のために,核廃絶を世界のトレンドにした。盟主はアメリカ。これを受けて,潘国連総長も,8月5日,長崎を訪れ,爆心地公園で「核廃絶」を訴えた。今日6日には,広島「平和祈念式」にも出席している。アメリカが核廃絶を錦の御旗にしたので,国連総長としても,それを担がざるをえないのだ。
 
 爆心地公園の潘国連総長(長崎新聞)
 
アメリカ=国連が核廃絶を掲げ始めたとすると,日本政府もそれに追従せざるをえない。これまで邪険に扱われてきたヒロシマ・ナガサキに対しても,掌を返し,もみ手で接近してくるにちがいない。外務省あたりも,トレンドに乗り遅れるなと,「ヒロシマ・ナガサキ」グッズをあつめ,在外公館で「原爆展」などを賑々しく開催し始めるであろう。
 
わがネパールはどうするだろうか? これまでもそうであったが,ネパールは世界の動向には極めて敏感であり,知識人やNGOなどが動き始めるだろう。ネパールでも,「ヒロシマ・ナガサキ」グッズが集められ,「原爆展」があちこちで開催されるようになるにちがいない。
 
この核廃絶気運の盛り上がりは,これまで地道に反核平和運動を進めてきた人々にとっては,待ちに待った好機到来にはちがいない。アメリカ,そしてそれに追従する国連や日本国政府にどのような政治的思惑があるにせよ,これは核廃絶に向かって世界を前進させるまたとないチャンスであり,最大限利用すべきであろう。
 
しかし,それと同時に,今後は,反核平和運動には これまでとは別の難しさも生じるにちがいない。アフガン戦争を戦いつつ核廃絶を唱えるオバマ大統領。核の傘への依存を公言しにくくなれば,その分,通常兵器増強,日米安保強化,海外派兵拡大に向かいかねない日本政府。反核運動は,核兵器以外にももっと目を向けざるをえなくなるであろう。
 
(補足) 菅首相,広島で核抑止を唱える
驚き,あきれ,落胆したのが,「原爆の日」の菅首相の広島での発言――
 
「国際社会では大規模な軍事力が存在し、核兵器をはじめとする大量破壊兵器の拡散もある。不確実な要素が存在する中では核抑止力は引き続き必要と考えている」
 
アメリカがが核廃絶の根拠にしたまさにその事実(核拡散)を,菅首相は核抑止力の必要性の根拠にした。しかも,被爆地広島で。トンチンカンというか,政治的センスの欠落というか,あまりにも惨めだ。こんな小学生以下の首相は,即刻辞めさせるべきだろう。

Written by Tanigawa

2010/08/06 @ 15:41

カテゴリー: 平和