ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ゴミと糞尿のポストモダン都市カトマンズ

谷川昌幸(C)
1.ゴミまみれ
政治の停滞のせいで、カトマンズのゴミが処理されず、街中ゴミまみれ。繁華街タメルの入り口、目抜き通りニューロード、いたるところに生ゴミが放置され、悪臭を放っている。
 
バチ当りなことに、聖牛が強烈な腐敗臭を放つ生ゴミをあさっていても、気にする人は誰もいない。罪深い人間の穢れ(生ゴミ)を身を犠牲にして浄化してくれているというのに・・・・。
 
もしゴミが穢れなら、出さないか、出したら処理すべきなのに、そうはしない。かつて地域共同体が強力であったころは、カースト差別の問題はあったにせよ、少なくともゴミ処理はきちんと行われていた。その頃は、カトマンズも村々も美しかった。
 
ところが、共同体の弱体化、カースト差別の減少によりゴミ処理が政治の責任となってきたのに、政治は機能せず、ゴミを誰も処理しなくなってしまった。かくて、街も村もゴミまみれの穢れに陥ってしまったのだ。
 
 
ニューロード入口(ラトナ公園方面より)     ニューロード(遠景は旧王宮)        
 
 ゴミを浄化する聖牛2頭(旧王宮付近)
 
2.移動トイレ
もうひとつ、カトマンズに増えたのが、移動トイレ。人が多く集まるラトナ公園付近や旧王宮などに設置されている。
 
かつてネパールには公衆トイレはなく、村ではもちろん、カトマンズでも人々は物陰や路地で用を足していた。人の数が少なく、糞尿は自然処理され、大して問題にはならなかった。
 
ところが、いまやカトマンズは数十万人の大都市。公衆トイレなしでは済まない。
 
もし政治がまともに機能しておれば、人の集まるところには不可欠の公衆トイレを設置するはずである。ところが、ここでも政治の貧困のせいで、常設型トイレが設置されず、移動トイレを持ってきて急場しのぎをしている。
 
「神々の住む街」から「ゴミと糞尿の街」へ。欧米知識人にそそのかされ、モダン(近代化)を時代遅れとバカにし、ポストモダン政治を夢想するネパール政治の、これが現実である。
 
 バス停の移動トイレ(ネパール航空ビル前)
 
 旧王宮の移動トイレ

【参照】
ゴミのネパール
ゴミと聖牛
火に入る聖牛の捨身救世

Written by Tanigawa

2010/08/25 @ 12:17

カテゴリー: 社会, 文化

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