ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

マオイストの卑俗とプラチャンダの偉大

谷川昌幸(C)

1.マオイストの買収工作

首相選で、マオイストが議員票をカネで買いあさっているといううわさが以前から広がっていたが、どうやら本当らしい。CPN-MLCP.マイナリ書記長が9月2日公開集会の場で、こんなびっくり発言をした。

 

「マオイストたちがやってきて、首相選では、5千万ルピーを出すからCPN-MLの9票をUCPN-Mのプシュパ・カマル・ダハール議長に入れてほしい。」(KTP,3 Sep)

 

マイナリ発言も、党内闘争がらみなので額面通りには受け取れないが、だからといってこの種の工作がまったくなかったとは思えない。マデシ諸党や他の小政党に対する買収工作は事実とみざるをえない。

 

 政治の貧困が「水商売」を生む

 

2.理念政党の卑俗さ

これが権力の恐ろしさだ。制憲議会で第1党となり、首相ポストも一度は手にした。議員はおいしく、首相や大臣はもっとおいしい。カネやポストによる買収への誘惑には、マオイストといえども抗しがたいのだろう。

 

いや、マオイストだからこそ、というべきかもしれない。理念政党が最もえげつない権力政治、腐敗政治に転落しがちなことは、政治学の常識。現実主義政党、保守政党は、権力の効用と限界を自覚し、その限度内で権力を利用しようとする。これに対し、マオイストなどの理念政党は権力の限界を知らない。

 

  目的(理念)は手段(権力)を正当化する。

 

人民革命、資本主義打倒を唱えるマオイストが買収などするはずがない、というのは、政治のイロハを知らないからである。理念のためであれば、買収であれ詭計であれ、何でも許される。それが理念政治の恐ろしさである。

 

買収や詭計はケシカランが、そうした下々の有相無相を止揚して超然と存立するのが英雄である(泥沼の蓮華)。はたしてプラチャンダ議長は英雄たりうるのだろうか?

 

 超俗の英雄たりうるか?

 

3.6回目首相選でプラチャンダ首相か?

今日は、6回目首相選が、制憲議会(立法議会)で実施される。ウワサでは、プラチャンダ議長が、一発逆転、首相に選出されるそうだ。国連(つまりアメリカ)が味方なので、ありそうな話だ。

 

プラチャンダ議長は、偉大な革命リーダーであると同時に人間味あふれる愛すべき人物だ。恐れられると同時に愛される――これはマキャベリの理想の君主像だが、いまそれに一番近いのがプラチャンダ議長だ。プラチャンダ議長にはカリスマ性がある。私は大好きだ。

 

プラチャンダ議長の不幸は、その愛すべき偉大さを歴史に残す伝記作家を持たないこと。歴史は歴史家が創り、英雄は伝記作家が創る。もし今日、プラチャンダ議長が首相に選出されたら、豪華ベッドではなく、超一流桂冠作家を召抱え、歴史に残るプラチャンダ伝を書かせるべきだ。

 

人はその像に自らを合わせようとするものなら、プラチャンダ伝がプラチャンダ首相を導き、ネパールに偉大をもたらすだろう。

 

4.首相選見学と中国の偉大

というわけで、今日はこれから制憲議会(立法議会)に首相選の見学に行く。中国の建設した巨大催事場の巨大会場で、巨大議会が、その巨大さにふさわしい巨大首相を選出できるかどうか?

 

それにしても、中国は偉大だ。以前は、こんなこけおどしのバカでかい建物をつくって何になる、中国の国威発揚の場にすぎない、とバカにしていた。ところが、今や、その中国の造った器の中に、議会ばかりか国連諸機関も、すっぽり包み込まれている。

 

中国の国是によれば、存在が意識を規定する。とすれば、ネパールも国連も中国の掌の上で踊っていることになるわけだ。

 

中国の偉大には到底かなわない。日本も、中華の辺境で細々と生かしてもらうしか他に方法はあるまい。

 

 国際催事場の威容

Written by Tanigawa

2010/09/05 @ 14:18

カテゴリー: マオイスト