墓地紛争,ヒンドゥー惨敗か?
パシュパティの森(シャレスメンタク)の墓地紛争は,1月31日,警察の催涙弾発射,3人負傷,20数名逮捕の事態に拡大した。
パシュパティの森は,ライ,リンブー,ヤカ,スヌワルなどが墓地として使用してきた。そして,カトリックニューズ(2/1)によると,2006年国家世俗化後は,キリスト教徒も墓地として使用し始めた(もっと以前から埋葬してきたのかもしれないが,顕在化し始めたのはこの頃からであろう)。
これに対し,パシュパティ地区開発トラスト(PADT)は,この地区をヒンドゥーのものとする政府方針に従い,2010年12月から非ヒンドゥー墓地にブルトーザーをいれ,整地を始めた。ヒンドゥーの聖地パシュパティの非ヒンドゥー墓地は,世界中のヒンドゥーの心情を著しく害するからだという(PADT)。
世俗国家政府のミネンドラ・リジャル文化相は,政府方針を断固守る,と一歩も引かない構え。これに対し,キリスト教会,非ヒンドゥー諸民族が対抗し,マオイストが支援するという構図だ。
キリスト教会は,すでに各政党に圧力をかけ,墓地問題の「政治的」解決を要求し始めた。国連人権委員会でも,西洋諸国(ネパール援助国)が問題視し,介入を始めた。
これは,やっかいだ。キリスト教は一神教の普遍教会。ネパール・キリスト教会の問題は,世界のキリスト教会の問題となる。事実,ネパールメディアがいまのところ「触らぬ神にたたりなし」でやり過ごそうとしているのに対し,西洋メディアは問題を大きく伝え始めた。
勝敗は明白。このままではカネと力を持つキリスト教会の完勝,ヒンドゥーは屈辱的惨敗となる。
しかし,本当に,これでよいのか? もしもカトリックニューズが書いているように,クリスチャンのパシュパティの森埋葬(あるいはその顕在化)が2006年国家世俗化後のことなら,キリスト教会側にも反省すべき点はある。
以上は,情報不足の現時点での分析であり,誤りがあるかもしれない。宗教と政治は,取り扱い要注意,慎重の上にも慎重であらねばならぬ。新たな情報が入ったら,補足,修正をすることにする。
* Anil Giri, “Burial rights spark protest in Nepal,” AHN, Jan31.
* “Burial battle intensifies in Nepal,” India Talkies, Jan31.
* “Nepal Christians pressure govt for land,” cathnews.com, Jan1
谷川昌幸(C)
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