ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

マオイストの憲法案(18)

4(12)情報権とプライバシー権

マオイスト憲法案第33条は「情報権(情報への権利)」を保障している。

第33条 情報権
自分自身または公衆に関わる情報を請求し取得する権利。ただし,法律により秘密とされるものは除く。

これは,いわゆる「知る権利」ないし「情報開示権」であり,内容は90年憲法とほぼ同じ,暫定憲法とは全く同じである。

この情報権に対しては,他方では,当然,プライバシーが守られなければならない。

第34条 プライバシーの権利
個人の人格,住居,文書・記録,統計,通信,評価結果は侵害されない。

このプライバシーの権利規定も,90年憲法とほぼ同じ,暫定憲法とは全く同じである。

情報権と表現の自由
この情報への権利は,いうまでもなく表現の自由と密接な関係にある。言論の自由や表現の自由が制限されれば,情報権の意義は大きく損なわれ,特にメディアの場合,情報を得ても報道できないことになってしまう。

この表現の自由については,前述のように,マオイスト憲法案でも90年憲法や暫定憲法でも,「但し書き」により制限が認められている。マオイスト案では,国民性,主権,統合,邦間関係,カースト・部族・共同体等の関係,法廷侮辱,犯罪教唆,公序良俗,封建制や帝国主義を利する行為等を理由に,表現の自由は制限される。

つまり,その気になれば,政府はこの「但し書き」を使って表現の自由を思いのままに制限し,その結果,知る権利も制限してしまうことが出来るのである。

インド憲法と表現の自由制限
これは決して杞憂ではない。同様の規定をもつインドでは,憲法の「但し書き」を使って言論・表現の自由がしばしば制限されてきた。

インド憲法第19条(1)a 言論・表現の自由の保障
(2) インドの主権および統合,国家の安全,外国との友好関係,公序良俗,法廷侮辱ならびに犯罪教唆を理由とした「合理的規制」の承認。

たとえば,ニューヨークタイムズ記事(2011.4.28)によれば,最近,インド政府はガンディーの名誉を傷つけるという理由で,ガンディーの伝記の出版を禁止した。

また,同記事によれば,このところインド政府が特に力を入れているのが,インターネット規制。インド情報技術省は,公序良俗や共同体関係を理由として,ウェッブサイトやSNSを次々と閉鎖させ,あるいは記事の削除を命令している。

ムンバイ・テロ事件後には,「2008年情報技術法」が制定され,治安を理由とした通信傍受が認められた。そして2011年には「2011年情報技術規則」が制定され,政府でも市民でも「合理的理由」があれば,ネットサイトに対し削除を要求できるようになった。

このニューヨークタイムズ記事を転載したマオイスト系メディアによれば,インド政府のネット規制強化の主要ターゲットはマオイストである。

たしかに,マオイストはネパールでもインドでも,さかんにネットを利用し,プロパガンダを展開している。南アジアでネットをもっとも効果的に利用している政治勢力は,マオイストといってもよいであろう。

そのマオイストにとって,憲法「但し書き」による言論・表現の自由の制限は,自由主義者と同様,許しがたいことなのである。

しかし,自由主義者がそうした「但し書き」による表現の自由制限の危険性に対し警鐘を鳴らし一貫して反対するのとは対照的に,マオイストは一方では「但し書き」による表現の自由制限を最大限認めておきながら,他方では,表現の自由制限に真っ向から反対する。マオイストによる言論・表現の自由の制限は善,敵による制限は悪ということだろう。

何とも手前勝手な独善的ご都合主義。自己矛盾も甚だしい。マオイストは,法は自らの手を縛るためのものだ,という憲法論のイロハの学習から始めるべきだろ。

* “India Puts Tight Leash on Internet Free Speech,” NY Times, 2011-04-28

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/05/10 @ 21:27