ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Howard Zinnとネパールの「人民」幻想

リパブリカ(2011-05-28)に,”KUIRE KA KURA, People’s Power, HEROJIG”というタイトルの記事が出ている。著者はよく分からないが,ニューヨーク育ち,現在,カトマンズのドービガートでネパール人家族と居住とのこと。

記事によると,著者は,ニューヨークの小学校でアメリカ建国史を徹底的に教えられ,アメリカ憲法こそが理想的規則であり,憲法制定者たち(Founding Fathers)は英雄であったと信じ込んでいた。

ところが,大学でハワード・ジンの「合衆国人民史」を聴き,目から鱗,憲法制定者たちは聖者ではなく,人民の不満を外にそらす計算高い商売人であったことを知ったという。

著者が信頼するのは,いまやネパールの村にあるような原初的(primitive)な直接民主制のみだ。ジンはこう書いているという――

「政府は,アメリカ政府を含め,中立ではない。・・・・政府は社会の支配的な経済的利益を代表しており,憲法はその利益に奉仕するものだ。」

「権力はこれまで富と武器を持つ者の手にあったが,必ずや人民自身のものとなり,人民が使うことが出来るようになる。歴史の時々で,人民は権力を行使してきたのだ・・・・」

著者は,このジンの言葉にネパールは耳を傾けるべきだという。「ネパールにとって,いまが,ジンのいうその(人民が権力を行使する)ときだ。」

ジンの本は,何冊か読んだが,内容はすっかり忘れてしまった。しかし,もしジンの議論の核心がこの著者のいうところにあるとしたなら,もし本当にそうなら,ジンはマルクスの小学生版,ウェーバーの幼稚園版ということになってしまう。

「人民」が権力を行使するなんて,そんな幼稚(primitive)な,甘~い幻想から早く目覚めないと,ネパールはアナーキーか軍事独裁に転落してしまうであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/06/14 @ 12:09

カテゴリー: 政治, 民主主義

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