ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

マオイストの憲法案(24)

4(18) 社会的正義に関する権利,社会保障に関する権利
マオイスト憲法案の第48条は社会的正義に関する権利,第49条は社会保障に関する権利を規定している。

第48条 社会的正義に関する権利
 (1)社会的に低開発の人々は,比例的包摂原理に基づき,国家諸組織に参加する権利を有する。社会的低開発の人々=女性,ダリット,マデシ,先住民族(アディバシ,ジャナジャーティ),少数派および周縁化された人々,ムスリム,性的少数派,心身障害者,青少年,後進階級,農民および労働者,被抑圧集団。

 (2)(1)に関しては,経済的貧窮市民が優先される。

 (3)貧窮階級,心身障害者,限界社会共同体の市民は,保護,育成,開発を図るため,教育,健康,住居,雇用,食料,社会保障において,特に優先される。

 (4)農民の権利=耕地への権利,伝統的に使用されてきた地域の種苗への権利,農産物の適正価格と市場アクセスへの権利。

 (5)アディバシ,ジャナジャーティの権利=アイデンティティへの権利,言語および文化の維持・発展への権利,開発における優先特権,自決権原則に基づく自治への権利。

 (6)少数者社会共同体は,自己のアイデンティティおよび自己の社会的文化的権利を享受する特権を有する。

 (7)マデシ社会共同体は,自決権原則に基づく自治権,経済的・社会的・文化的機会の平等配分権,ならびに共同体内の貧窮階級および女性の保護・開発への優先特権を有する。

 (8)被抑圧地域は,保護,開発および基本的必要充足への優先特権を有する。

 (9)心身障害者は,その個性を尊重され尊厳を持って生きる権利および社会生活への権利を有する。

 (10)青少年の権利=教育,健康および雇用において優先される権利,人間開発への権利,国家開発全般へ貢献する機会の権利。

 (11)人民運動,人民戦争およびマデシ運動における犠牲者,行方不明者および負傷者の家族は,すべての国家組織に参加する権利,ならびに公共サービス特別措置,教育,健康,雇用,居住,社会保障,救済および年金への権利を有する。

 (12)アディバシ,ジャナジャーティおよび地域共同体は,土地と自然資源への優先権を有する。

第49条 社会保障に関する権利
次の人々は法の定めにより社会保障の権利を有する。貧窮階級,扶養者のいない心身障害者,扶養者のいない独身女性,心身障害者,子供,老人,自活できない人々,限界民族。

――マオイスト憲法案の最大の特徴の一つは,弱者への配慮である。その際,弱者は属性ごとの集団として把握される。つまり,自由や権利の多くは,各個人に個人の自由や権利として保障されるのではなく,集団の一員の権利として保障される。

近代の人権論からいえば,個々人に自由と権利を最大限保障するのが国家の目標となるはずだが,共産主義+多文化主義のネパール・マオイストは,集団の権利をすべてに優先させるのである。

集団の権利は,欧米でもたとえば積極的格差是正措置(affirmative action)などにおいて認められているが,これはあくまでも人権保障の例外である。欧米や日本の人権保障の原則は,あくまでも個人の権利保障である。

ところが,ネパールでは積極的に格差是正すべき集団が無数に存在する。集団の権利を例外扱いするわけには行かない。誰もが、何らかの集団アイデンティティを申し立て,「集団の権利」として自己の権利を主張する。いわばアイデンティティ集団人権の主張だ。

したがって,ネパールにおいて「集団の権利」が主張されざるをえない状況は十二分に理解できる。が,しかし,それは近代民主主義における文化否定の逆の危険をもたらす恐れがあることを忘れてはならない。

一つは,アイデンティティ政治の激化。あらゆる権利が集団化され,集団間の紛争が激化する。

そして,その一方,集団内では,個人の自由や権利が抑圧される。たとえば,集団の母語教育権を主張すればするほど,集団内の個人の言語選択権は直接的または間接的に制限されることになる。

しかも,この「集団の権利」を次々に認めていくと,権利保障が際限もなく複雑化し,理解不能のものになってしまう。たとえば,性的少数者の権利。ゲイ,レズ,バイ,第三の性,第四の性・・・・・。きりがない。こんなことをやっていってよいのだろうか?

何度も繰り返すように,権利と自由を手当たり次第書き込んでも,実効性が担保されなければ,無意味である。いや,単に無意味というより,憲法そのものへの信任が失われ,立憲政治が根底から瓦解してしまうだろう。

[参照]
第三の性,公認
ネパール秘義政治とインド性治学

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/07/17 @ 21:05

カテゴリー: マオイスト, 憲法, 人権

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