ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

マオイストの憲法案(26)

第4編 国家の指導原則と政策および責任(1)

マオイスト憲法案の第4編(第54~58条)は「国家の指導原則と政策および責任(Directive Principles and Policies and Responsibilities of the State)」を規定している。

この「国家の指導原則」は,1937年アイルランド憲法や1931年スペイン憲法の考え方を継承したインド憲法第4編の「国家の指導原則」に習ったものであり,その基本的特質は,裁判強制規範ではなく,立法ないし統治のための基本原則(いわゆるプログラム規定)というところにある。インド憲法は次のように規定している。

インド憲法第4編 国家政策の指導原則
第37条 この編の規定は,裁判所による強制が保障されるものではないが,ここで定める原則は国の統治にとって基本的なものであり,立法にあたってこれらの原則を適用することは国の義務である。(『アジア憲法集』pp218–9)

この「国家の指導原則」の考え方は,ネパール憲法にも早くから取り入れられていた。

1962年ネパール憲法 第4編 パンチャヤト制の指導原則
第18条(原則の適用) 本編の原則は一般指針であり,どの裁判所でも強制されない。

1990年ネパール王国憲法 第4編 国家の指導原則と政策
第24条(指導原則と政策の適用) 本編の原則および政策は,どの裁判所においても強制されない。

2007年暫定憲法 第4編 国家の責任,指導原則および政策
第36条(法廷提訴の禁止) (1)本編規定の施行については,どの裁判所にも提訴できない。 

憲法に,裁判強制規範と裁判非強制規範の二つを定め,前者を司法に,後者を立法ないし行政に担当させる,というのは,特に途上国における権利保障としては,現実的な,興味深い方法である。インド憲法も,それを継承したネパール諸憲法も,裁判非強制規範ということを十分意識して,「国家の指導原則」を憲法に規定しているのである。

ところが,マオイスト憲法案は「国家の指導原則」を規定しながら,管見の限りでは,それを裁判非強制規範とする規定はみあたらない(どこかにそのような規定があれば,この部分は訂正します)。したがって,マオイスト案では,立法や行政を「国家の指導原則」違反として裁判所に提訴することも出来ることになる。立法や行政は,「国家の指導原則」に関して,主権者人民に対する政治責任ばかりか,裁判所で裁かれる法的責任をも負わされることになるのである。

マオイストは,人民に対する国家の義務を憲法でより明確化に規定することを意図したのであろうが,これは民主主義の観点からは妥当とはいえないのではないか。たとえば,第3編の権利保障と,この第4編の権利保障は,どこがどう違うのか? あるいは,このような規定では,立法・行政と司法の関係が曖昧になり,むしろ議会制民主主義の原理に反するのではないか? 主権者人民(の代表たる議会)が決定すべき政治問題までも,いちいち裁判所が介入し司法的に決定しようとして,安定した民主的統治が困難になる恐れがある。

この点については,第4編の規定全体を概観したあとで,もう一度検討してみることにする。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/07/21 @ 21:20