ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

辞任カードの切れ味,日ネ首相

菅首相とカナル首相が,ともに辞任カードを切り,想定外の粘り腰を見せている。世間では権力にしがみついていると評判が悪いが,私は、前述のように,そうは思わない。しかし,自覚的に辞任カードを切り政治的に使用している点では,カナル首相の方がはるかに上だ。

1.菅首相辞任カードと,利用すらできない反原発派
菅首相は,政界四面楚歌にもかかわらず,首相の職にとどまり,闘っている。どこまで自覚的に辞任カードを切り,それを脱原発への転換のため政治的に利用しようとしているかは分からないが,少なくとも外見的にはそのように見えないこともない。権力者は本来孤独なものだ。菅首相も,たとえ十分自覚的ではないにせよ,ともかく,その孤独の恐怖に耐えることにより,かなり政治家らしくなってきた。

ところが,これとは対照的に,政治的に未熟なのが,反原発派。いま脱原発のため菅首相を支持するという声を上げれば,民衆の生活実感としての反原発感情を味方につけることが出来るのに,そのような動きはほとんど見られない。政官財に操作されたマスコミや「世論」の「菅おろし」に幻惑され,菅首相支持の声を出す勇気がない。これでは,いずれ原発維持の御用「世論」に圧倒され,政治的に敗退していかざるをえないだろう。

2.カナル首相の辞任カード
菅首相に比べ,カナル首相の辞任カード利用は,はるかに自覚的だ。菅首相のお手本になる。

(1)制憲議会任期,8月末
カナル首相の辞任カードは,8月末の制憲議会(CA)任期切れを睨んだものだ。

8月末までにマオイスト人民解放軍(PLA)の処遇を決め,新憲法を制定しないと,残された選択肢は,CA再延長か,無議会暫定政府設立か,(軍または王族の)クーデターか,あるいはアナーキーかということになる。

しかし,実際には,包括和平協定(2006年11月)による停戦から5年弱,CA成立(2008年5月)から3年3ヶ月経過しており,CA再延長にも無議会暫定政府設立にも十分な合理的根拠がない。ましてやクーデターやアナーキーは容認できない。状況は切羽詰まっている。

一方,幾度も指摘したように,CAは600人もの大議会。議員とその係累はおびただしい数に上る。CA自体が巨大な特権集団であり,本音では,既得権益を失う恐れのある選挙などやりたくない。CA議員の大多数の本音は現状維持とみてよい。

(2)カナル首相,8月13日辞任カード
この切羽詰まった,身動きのとれない状況を見据え,カナル首相は,平和プロセスと憲法制定への明確な具体的合意が出来なければ,8月13日までに辞任すると明言した。

CA任期切れを恐れる最大与党マオイストにとって自分以上に好都合な首相候補はいないはずだという計算にたった,カナル首相の政治的カケである。

(3)マオイスト,バブラム・バタライ首相案提示
これに対し,マオイストのプラチャンダ議長は,バブラム・バタライ副議長を首相とする挙国内閣の設立を提案した。もしコングレス党とUML内反カナル派が同調すれば,バタライ首相誕生となる。

プラチャンダ議長は優れた政治家であり,バタライ首相誕生の可能性はかなり高い。もしマオイストを首相とする挙国内閣が成立すれば,PLAの処遇も決着し,平和プロセスは大きく前進し始めるであろう。

しかし,マオイスト政権には,拒絶反応も強い。最大の抵抗はPLAの統合先の軍。次に,マオイスト人民戦争に手を焼くお隣のインドであろう。軍やインドのことを考えると,バタライ首相の実現も容易ではない。

カナル首相の辞任カードは,切羽詰まった状況で,結局は自分しか残らない,という読みによるものであろう。今後どうなるかは,むろんまだ分からない。

3.辞任カードの切れ味
状況は異なるが,日ネ両国首相は,最後の手段としての辞任カードにより難局を乗り越えようとしている点では同じである。

しかし,カナル首相が自覚的にカードを切っているのに対し,菅首相はオドオドしながら辞任カードを手にしているにすぎない。

政治家として立派なのは,むろんカナル首相の方である。政治の領域では,残念ながら日本はまだLDC(後発途上国)なのである。

* Rising Nepal, Aug.4; Republica, Aug.6.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/06 @ 15:51

カテゴリー: 議会, 政党, 政治

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