ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

マオイストの憲法案(31)

第6編 行政(1)

第71条 連邦行政権の執行
(1)連邦行政権は大統領にある。

(2)大統領は,内閣(大臣会議)の同意に基づき,統治する。

(3)連邦行政は,ネパール政府の名で執行。

(4)連邦行政権の執行は,付則(5)の連邦リストおよび付則(7)の共同リストに掲げる事項に限定される。

(5)付則(3)によるネパール政府の決定または命令,およびそれに関する文書は,法律に定める方法で認証。

第72条 大統領
(1)大統領をおく。

(2)大統領は,国家元首であり,かつ政府首長。

(3)大統領は,ネパール軍の最高司令官。

(4)大統領は,ネパール国とネパール人民統一の象徴。

(5)大統領の憲法遵守義務。

(6)大統領は,ネパール人民,連邦議会および自らの党に対し,責任を負う。

第73条 大統領選挙
(1)大統領選挙は,成人普通直接選挙により5年ごとに実施。ただし,任期は2年以内。

(2)大統領選挙は,全国1選挙区とし,有効投票の完全多数[過半数]をもって当選とする。

(3)(2)による完全多数票獲得者がいない場合,上位2候補による再選挙実施。最多得票者が再選挙に立候補しない場合,残りの上位2候補による再選挙実施。

(4)再選挙は,初回選挙結果確定後,15日以内。

(5)大統領当選者のもつ他の政治的役職は,当選により空席となる。

(6)大統領に関する他の事項は法令により規定。

第74条 大統領の権限と職務
(1)国家元首としての職務
 (a)法案の認証。
 (b)特赦等の実施。
 (c)名誉等の授与。
 (d)外国大使等の信認状受諾。

(2)内閣を通して遂行する職務
 (a)通常の国家行政。
 (b)大臣への職務割り当てと実施命令。
 (c)行政による通常の平和と秩序の維持。
 (d)一般行政職員の任命。
 (e)軍の動員,開戦・和平の宣言,非常事態の宣言。
 (f)政策案,計画,プログラムおよび予算案の議会提出。
 (g)政令の発布。
 (h)行政に関する他の業務。

(3)議会を通して遂行する職務
 (a)国家諸機関の執行権を担当する役職員の任命。
 (b)大使,特別代表,最高裁長官および判事,ならびに総裁[?]の任命。
 (c)外交および条約等の締結に関すること。
 (d)年次計画,予算案等の承認。
 (e)想定外の事態のための特別プログラムおよび特別予算の要求。

第75条 副大統領選挙
(1)大統領候補者は,立候補登録の時,本人とは別のカースト,共同体,家族および性の者を副大統領候補として推薦する。

(2)当選した大統領候補者の推薦していた者が,副大統領となる。

第76条 大統領と副大統領の資格
以下の要件を満たす者は大統領または副大統領の候補者としての資格を有する。
 (a)ネパール市民として生まれた者。
 (b)35歳以上。
 (c)連邦議会の議員となる資格を有する者。
 (d)他の法により欠格とされていない者。

第77条 大統領の解任
(1)次の場合,大統領は解任される。
 (a)死去。
 (b)任期満了。
 (c)辞職を申し出たとき。
 (d)リコールされたとき。
 (e)議会議員の1/4以上により提出された弾劾動議が,議会議員の2/3の多数をもって可決されたとき。

(2)(1)により大統領が在職3年6月以内に解任されたときは,副大統領が次の大統領選挙の実施日を解任後6月以内のいずれかの日に定める。

(3)大統領が,3年6月以上在職後,(1)により解職されたときは,副大統領が残存期間,大統領の職務を遂行する。

第78条 リコール
(1)各州の10%以上の有権者は,署名を添え,大統領リコール動議を提出できる。

(2)選挙管理委員会は,リコール動議を2ヶ月以内に確認し,要件を満たしておれば,確認後7日以内にそれを議会に送付。

(3)議会が2/3の多数をもってそのリコール動議を可決したとき,大統領は解任される。

第79条 副大統領の解任
(1)以下の場合,副大統領は解任。
 (a)死去。
 (b)任期満了。
 (c)辞職願提出。
 (d)大統領弾劾動議が可決されたとき。

■コメント[一部修正8月14日]
大統領制 マオイスト憲法案は,人民直接選挙による大統領を国家元首とする「大統領制」である。大統領は,国家元首であり,国家と人民(国民)統一の象徴であり,そして国軍最高司令官である。

大統領権限の制約 大統領は,議会と内閣を通して立法権と行政権を行使する。また,大統領には任期があり,弾劾やリコールもある。

国王以上の大統領権限 しかし,その反面,法案の認証,非常事態の宣言,軍の動員と指揮などの重要な大統領権限については,具体的にはどこまでが大統領の裁量の範囲内かは,ここの規定だけでは分からない。

実際には,人民直接選挙が大統領に強力な正統性を付与し,大統領独裁となる恐れもある。運用にもよるが,大統領は1990年憲法の国王以上の権限を行使しようと思えば,十分に行使できるとみてよいであろう。

出身政党への責任 ここの大統領規定の中で,特に興味深いのは,大統領が、人民と議会に対してばかりか,自分の出身政党にたいしても責任を負うこと(第72条2)。共産党の一党独裁なら,この規定も分からないではないが,マオイスト憲法案は多党競争制民主主義を採っている。なぜ,このような奇妙な規定を置いたのか? 多党競争制は建前で,本音は人民独裁(共産党独裁)とすると,つじつまは合う。

コミュナル大統領制 それと,もう一つ,いかにもマオイストらしいと感心するのが,副大統領候補の決定方法。第75条(1)によると,副大統領は大統領とは別の社会的属性をもつ人物でなければならない。

(例) ●大統領候補者   男 バフン ヒンドゥー教徒 ・・・・
   ▼副大統領候補者  女 ネワ―ル キリスト教徒  ・・・・

これは面白い。「コミュナル大統領制」といってもよいだろう。

「国民代表」の否定 このように,マオイストの包摂参加民主主義,権力分有民主主義は,「国民代表」の理念を完全に否定してしまう。

全国1選挙区から人民直接普通選挙で選出される大統領ですら,「出身政党代表」であり,「コミュナル代表」である。「カースト代表制」と言い換えてもよい。「国民代表」などという,ブルジョア的・保守反動的な民主主義理念は完全に粉砕されている。

痛快ではある。ではあるが,「人民代表」は,裏口からこっそり引き入れられている。コミュナル政治か,人民独裁か,という選択であろうか? 

無責任な部外者にとって,これはあまりにも面白すぎるが,こんなことをやっていては,収拾がつかなくなるのではないか? コミュナリズムが強化され,アイデンティティ政治が制御できなくなり,大混乱の末,一発大逆転で人民独裁の到来。そんなことになりかねない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/13 @ 11:50