ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for 9月 2011

ヒシラ・ヤミは現代のクサンチッペか

首相夫人ヒシラ・ヤミが、散々酷評されている。マオイスト女性の鑑なのに。
 ヒシラ・ヤミ著「人民戦争と女性解放」

夫のバブラム・バタライ首相は,国産ムスタン車を公用車として採用,庶民の拍手喝采を浴びた。首相はネルー大学博士であり,博識のインテリ。かつて碩学J.S.ミルが「太った豚になるより,やせたソクラテスたれ」と諭したが,バタライ首相はまさしくその「やせたソクラテス」といってよいだろう。あるいは,少なくとも,そう見られたい,と思っているといってよいだろう。

バブラム首相がソクラテスなら,その妻ヒシラ・ヤミは、当然,クサンチッペ,悪妻だ。夫が160万ルピーのムスタン車なのに,妻ヤミは豪華トヨタ・プラドを首相夫人車として要求したという。ネパールでの価格は1500万ルピー,ムスタン車の10倍だ。
 ネパール国産ムスタン車
トヨタ・プラド

また,夫の権力を笠に着て,各省の役人を官邸に呼びつけ,私的な用事を命じているという。息のかかった団体への資金援助も要求しているらしい。まさしく悪妻,現代のクサンチッペといってよい。

かつてソクラテスも,自分の妻さえ説得できないくせに,偉そうなことをいうな,とさんざん非難された。碩学バブラム博士は,当然,この故事を熟知しており,さっそく妻ヤミの説得に当たった。それが利いたのか,ヤミは要求を引き下げ,インド車ボレロにしたという。といっても,これも300万ルピー以上はする。やはり,ヤミは悪妻だ。
インド車ボレロ

しかし,たしかにそう見えはするが,本当に,そうだろうか? ソクラテスは,クサンチッペがいたからこそ,「やせたソクラテス」たりえたのではないだろうか? クサンチッペの常識が,ソクラテスの非常識を際立たせると同時に,非常識の自滅をかろうじて引き留めていたのではないのか?

もしそうだとすると,バブラム首相は,悪妻ヤミにより引き立てられ,生かされているともいえる。バブラム首相が「やせたソクラテス」たろうとすれば,ヤミはどうあっても「現代のクサンチッペ」たらざるをえない。夫のために,悪妻を引き受けるだけの度量がヒシラ・ヤミにはあるのだろうか?

* ekantipur, Sep.28-29.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/29 at 20:56

カテゴリー: マオイスト, 政治,

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国家世俗化とネパール・ムスリムのジレンマ

1.報道自主規制の危険性
9月26日のイスラム協会書記長暗殺は,衝撃的な大事件であり,大きく報道されると思っていたら,ネパール・メディアの扱いはごく控え目,今日はもうほとんど見られない。事件が小さいからではなく,逆に,あまりにも大きく深刻だからこそ,自主規制しているのだ。

このような事件については,センセーショナルに報道しコミュナル対立を煽動するようなことは絶対に避けるべきだが,しかし,これほどの大事件を自主規制しほとんど報道しないのも,またきわめて危険である。青年リーダーを暗殺されたムスリム社会には怨念が鬱積し,いつかは必ず爆発するにちがいないからである。暗殺事件を冷静に分析・報道し,厳正な犯人捜査を要求する。それ以外に,解決への道はない。
詳しく報道するイスラム系メディア(islamonline,20110927)

2.ムスリム人口の増大
ネパールのムスリムは,パンチャヤット制の下での法典改正(1853年法典から1963年法典へ)により,いくつかの深刻な差別は残ったものの,基本的な市民権と信仰の自由を与えられた。そして,1990年民主化により政治参加が自由となり,2007年暫定憲法により国家世俗化も実現した。

こうした状況の下で,全人口に対するムスリム人口は,2%(1981)→3.5%(1991)と増加していき,現在では10%近くに達しているとされる。そして,その多くがバングラデッシュからタライへの移入であり,インド国境沿いには181のマドラサ,282のモスクが出来ているという。

ムスリムが実際には全人口の約10%を占めているとすると,これは大勢力だ。特にタライでは,バンケ,カピルバストゥ,パルサ,ラウタートの4郡でムスリムがすでに過半数を超え,バラ,マホタリ,ダヌサ,シラハ,スンサリの6郡では2番目に大きい社会集団となっているという。

もしこれが事実だとすると,国家の民主化・世俗化で,ムスリムは自分たちのアイデンティティを主張する権利と,その権利を通すだけの実力を身につけ始めたと言ってよいだろう。

3.ムスリムのジレンマ
しかし,これはムスリムに難しいジレンマを突きつけることにもなる。もしムスリムが自分たちのアイデンティティを前面に出し権利を主張すれば,多数派のヒンドゥーからの反発を招き,コミュナル紛争になる。10%になったとしても,圧倒的に少数派であり,コミュナル紛争の被害は計り知れない。正当な権利があるのに主張できない。これは深刻なジレンマである。

あるいは,マオイストが主張するように,もし連邦制となり州自治・民族自治が認められたら,すでに過半数を超しているとされるタライ諸郡のムスリムはいったいどうするつもりだろうか? 自治権あるいは自決権を行使してムスリム州あるいはムスリム国とするのであろうか? しかし,もしそのようなことをしたら,大変なことになる。マオイストや他の主要諸政党が喧伝している流行理論によれば,ムスリムにはそうする権利があり,またその実力もあるが,それは実際には出来ない。これは悩ましいジレンマである。

ネパール国家の世俗化は,ネパール社会の宗教化をもたらした。なんとも皮肉なアイロニーである。

* R. Upadhyay, “Muslims of Nepal: Becoming an assertive minority,” Oct.4, 2007, http://www.saag.org/%5Cpapers25%5Cpaper2401.html
*”Gunmen assassinate Muslim leader in Nepal,” Islamonline.net, 2011-09-27

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/28 at 22:22

カテゴリー: 社会, 宗教, 政治

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イスラム協会書記長,暗殺される

26日午後1時半頃,加徳満都で「ネパール・イスラム協会」書記長のファイザル・アフマド氏(35歳,あるいは40ないし41歳)が,バイク2人組に銃殺された。頭,首,胸など全身に十数発の銃弾を受けたとされるから,確実な殺害を意図した白昼の暗殺である。

暗殺現場は,加徳満都のど真ん中,トリチャンドラ校前,ラニポカリ警察署横で,いつも多数の人通りがある。アフマド書記長は,トリチャンドラ校・ラニポカリ署向かいのジャメ・マスジット(イスラム教モスク)での礼拝後,近くの事務所に戻る途中であった。

アフマド書記長は,国際イスラム大学(パキスタン)で経済学,アリガ・イスラム大学(インド)でイスラム学を学び帰国,ネパール・ムスリムの青年リーダーとして頭角を現し,「ネパール・イスラム協会」書記長となり,協会8委員会の一つAl-Hera Associationを担当,イスラム教育に尽力していた。

そのアフマド書記長が,礼拝後,殺害された。これは,常識的に見て,白昼の暗殺であり,「脅し」「見せしめ」と考えざるを得ない。
ジャメ・マスジット。左下が警察署,左上方がトリチャンドラ校(2007.3.26)。

実は,これと瓜二つの事件が,2010年2月7日にもあった。Jamim Shah殺害事件である。ジャミム・シャハ氏は,メディア起業に成功し,スペースタイム・ネットワーク会長,チャンネル・ネパール会長となっていた。そのシャハ氏が2月7日昼過ぎ,車で帰宅途中,ラジンパットの仏大使館近くで,バイク2人組に銃で至近距離から頭や胸を撃たれ,死亡した。確実な殺害を狙った白昼の暗殺といわざるをえない。

ジャミム・シャハ氏は,インド筋から,ISI(パキスタン情報局)の手先と非難されていた。そのため,シャハ氏暗殺にはインドが絡んでいると噂され,事件解明が繰り返し叫ばれてきたが,今のところめどが立っていない。おそらく迷宮入りであろう。

今回のアフマド氏殺害と昨年のシャハ氏殺害は,構図が同じである。加徳満都の人通りの多い表通りで,白昼堂々と,2人組が至近距離から銃を頭や胸に向け発射する。人前で確実に射殺することを意図した政治的・宗教的暗殺であることは明白である。

しかし,ネパールでは,これを明言・公言することはタブーである。誰にも分かっている。しかし,それを明言すれば,大変なことになる。言えないこと,言ってはいけないことなのである。

ここで危惧されるのは,民主化・自由化の別の側面である。以前であれば,タブーへの暗黙の社会的了解があった。むろん非民主的なものだ。ところが,革命成功のおかげで,そうしたタブーが次々と解除され,見聞きしたこと,思ったことをそのまま語ってもよいことになってきた。キリスト教墓地問題もその一つ。革命スローガンの包摂民主主義は,アイデンティティ政治であり,それによれば誰でも自分のアイデンティティを主張してよいし,主張すべきである。もはや暗黙のタブーを恐れ,自分のアイデンティティを曖昧なままにしておく必要はなくなった。

こうした状況の下で,もし力をつけつつあるイスラム社会が,ジャミン・シャハ事件やアフマド事件を政治的・宗教的暗殺と明言し,抗議行動を始めたらどうなるか? 悲惨,凄惨なコミュナル紛争の泥沼にはまりこむことは避けられないだろう。世俗的人民戦争の比ではない。難しい事態だ。

暗殺は昔からあったし,今もある。加徳満都は,各国秘密機関が暗躍する,現代の日本では想像も出来ないほど緊張に満ちた,危険と背中合わせの政治都市なのである。

* Nepalnews.com, Sep.26; eKantipur,Sep.26; Himalayan, Sep.26; republica, Sep.26.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/27 at 12:24

人治の国の立ち枯れ援助信号機

毎日、朝から晩まで勤勉に仕事をし、合間に街を移動。車は引き続き急増し(韓国車多し)、各地で渋滞が続発している。

この車増加を見越し(あるいは車輸出のため)、日本を始め先進資本主義国は、市内各所に最新式信号機を援助してきたが、見た限りではほぼ全滅、まともに動いているのは最近(今年?)設置したばかりの日本援助カトマンズ=バクタプル高規格道路のものだけだった。これも、この調子では、半年もすれば消されてしまうだろう。

電気は、雨期であり、足りている。スイッチを入れれば稼働するはずなのに、切ってしまう。これはハードではなく、ソフト、つまり文化の問題である。

以前にも指摘したように、信号機は法治(ルール遵守)のモデル。機械(信号機)の合理的命令に人間が服従する。法治が内面化されている日本では、たとえタヌキしかいない深夜の農道でも赤信号で車はちゃんと停止する。日本では、法(ルール)をつくる支配階級は法を守らないが、大半の人民大衆はいつ、どこでも法を遵守する。

これに対し、ネパールは本質的に人治の国。周りの人々の動きを見て自分の行動を決める。文化全体がそうなっているので、道路においても、いくら高価・高級な信号機を設置しようが、それは援助国の自己満足に過ぎず、ネパール人民にとっては何の意味もない。半年もすれば、スイッチを切り、人治に戻してしまう。

たとえば、日本援助の文部省前信号機も、ロータリー式に戻され、警官が手信号で交通整理している。ここには、怪しい「アメリカン・クラブ」があり、前回、日本援助信号機をタメル方面から激写したら、アメリカンクラブ警備兵(武装警官)がすっ飛んできて、すんでの所で射殺されるところであった。ここでは毎年、何も知らず王室博物館やタメル方面をパチリとやった日本人観光客が何人か拘束されている。いまや文部省前交差点は、ネパール文化・社会・政治のパワースポットの一つである。ぜひ見学していただきたい。ただし、写真は撮らないこと。

信号機のないロータリー式交差点は、人治のモデル。つねに相手の格や動きを見て、自分の行動を決める。そして、人治の国ネパールでは、ロータリー式や警官手信号の方が、はるかによく機能している。実に見事だ。

ネパールの人治文化は、社会に深く根付いており、近代的な法治主義や立憲政治を移植するのは、至難の業である。それは、立ち枯れの哀れをさそう日本援助信号機を見れば、誰しも納得せざるをえないだろう。
トヨタと消灯信号と交通安全啓蒙(バグバザール)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/21 at 14:31

カテゴリー: 社会, 文化

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英語帝国主義とネパール

早朝から日没後まで猛烈に仕事。その合間に,ちょっとだけ,小中学校を見学した。教科書,授業方法ともめざましく向上しているが,問題は何と言っても英語。公立も私立も競って英語教育に走り,もはや完全な英語植民地。ネパール文化を畏敬する私としては,遺憾・残念の極みであり,また日本の未来を見る思いで内心忸怩たるものがあった。

ネパールでは,幼稚園から英語漬けとなり,英語が出来ない(貧困等で英語を学べない)子供への言語差別が始まっている。以前にも指摘したように,伝統的カースト制に替わり,それよりも根深く恐ろしい言語カースト制が生まれ,強化されつつあるのだ。
  英語――支配カースト
  ネパール語――中層カースト
  諸民族語――下層カースト
もちろん,ネパール人民が,伝統的カースト制を廃止し言語カースト制を世俗共和国の基本原理とすると定め宣言しているのなら,それはネパール人民自身の選択であり,尊重するにやぶさかではない。

しかし,現実は全く逆だ。人民戦争は,被抑圧諸民族の解放のために戦われ,革命成功により各民族語の権利が憲法に書き込まれた。各民族は,少なくとも初等教育までは民族語で教育をする権利,教育を受ける権利を有する。憲法で明文規定された法的権利義務であり,革命の大義である。それなのに,現実は,その自分で定めた目標,法的権利義務を自ら率先して無視し,英語帝国主義にひれ伏している。

ヒマラヤの山奥やタライのジャングルで,”How do you do”なんて言ってみて,何になる。丹後半島のわが村で,丹後弁を唾棄し,アメリカ幼児語の口まねをするのと同じことだ。

ネパールは,低俗権力語・英語に自ら隷従し,二,三世代もすれば,諸民族の誇り高き文化も伝統も根こそぎ失われてしまうであろう。
英語買弁企業の宣伝(バグバザール)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/17 at 12:04

カテゴリー: 教育, 文化

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マオイスト本部、突撃取材

9月13日午後、ネパール共産党毛沢東派(マオイスト)党本部への突撃ゲリラ取材を試みた。

マオイスト党本部は、市内の高台にある。リゾートホテル風の豪華な建物で、人民戦争を戦ってきたばかりの党の本部とはとても信じられない豪華さだ。玄関前にはピカピカの高級車が並び、守衛室―といっても民家3軒分はある―には、早やチャッカリの高級紳士がたむろしていた。
マオイスト党本部

相手は偉大な無産階級の党、私のような貧相プチブル―実態はともあれ、ネパールから見ればプチブル―などまったく相手にされないかと思っていたら、とりあえず中に入れてくれた。さすが、農民・労働者の党だ。

建物内は、外見と同じく高級、家具調度は渋く、ソファはふかふか。そして、壁にはもちろん農民・労働者の英雄的戦いを描いた革命的絵画が掛けてある。退廃ブルジョア抽象絵画ではない。
ヒマラヤの赤旗,血染めの憲法

待っていると、党幹部のM氏(元副首相)が会見に応じてくれた。お話には極秘情報も含まれているので、詳細は割愛。党内では左派に近いが、全体としてお話は極めて「友好平和的」「建設的」「現実的」であった。会見後、極秘資料をいくつかいただき、党本部を後にした。

マオイストは、いまやダントツのお金持ち政党といわれている。それは党本部ビルを見ただけでも、すぐ納得できる。10年余も、ジャングルで蚊やヒルや毒蛇に悩まされ、食うや食わずで苦しいゲリラ戦を戦ってきたのだ。ブルジョアどもが、無産人民から長年にわたり搾取してきた財産を取り戻し、貧困人民のため党本部として利用して、何が悪い。論理明快、さすがプラチャンダ議長の党だ。ますます好きになった。

マオイスト本部には、すでに外交官らしき西洋紳士が盛んに出入りしていた。先述のように、米帝はマオイストを「テロリスト・リスト」に掲載しつつ、バタライ政権成立を祝福した。テーブルの下で足をけりつつ、笑顔で握手する。これが本物の外交だ。

たまたまであろうが、日本人は一人もみなかった。もちろん、たまたまに決まっている。日本は世界に冠たる外交大国だからだ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/16 at 20:35

カテゴリー: マオイスト, 外交, 憲法, 政党, 人民戦争

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インドラ祭よりミスコン祭

9月11日午後、仕事帰りにインドラ祭をのぞいてみた。人出はそこそこだったが、盛り上がりに欠け、途中で退散した。

理由は通俗化。社会の資本主義化・世俗化で、祭りの「聖性」が失われ、「非日常性」が減退した。

いまでは、クマリにせよ神々にせよ、要するに見世物。非日常的聖性への怖れなど、どこにもない。報道カメラが傍若無人に神々を追いかける。儀仗兵はだらけ、まるでやる気がない。観衆も、来てはみたものの、これならテレビの方が面白いなといった感じで、しらけきっている。

もはや、インドラ祭は二流の退屈な見世物に過ぎない。非日常的聖性を失ったクマリは、到底、世俗の生き神様ミス・ネパールの敵ではない。


魂を抜かれたクマリ広告

クマリ・神々を見世物にする記者たち

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/12 at 10:42

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