ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

英語帝国主義とネパール

早朝から日没後まで猛烈に仕事。その合間に,ちょっとだけ,小中学校を見学した。教科書,授業方法ともめざましく向上しているが,問題は何と言っても英語。公立も私立も競って英語教育に走り,もはや完全な英語植民地。ネパール文化を畏敬する私としては,遺憾・残念の極みであり,また日本の未来を見る思いで内心忸怩たるものがあった。

ネパールでは,幼稚園から英語漬けとなり,英語が出来ない(貧困等で英語を学べない)子供への言語差別が始まっている。以前にも指摘したように,伝統的カースト制に替わり,それよりも根深く恐ろしい言語カースト制が生まれ,強化されつつあるのだ。
  英語――支配カースト
  ネパール語――中層カースト
  諸民族語――下層カースト
もちろん,ネパール人民が,伝統的カースト制を廃止し言語カースト制を世俗共和国の基本原理とすると定め宣言しているのなら,それはネパール人民自身の選択であり,尊重するにやぶさかではない。

しかし,現実は全く逆だ。人民戦争は,被抑圧諸民族の解放のために戦われ,革命成功により各民族語の権利が憲法に書き込まれた。各民族は,少なくとも初等教育までは民族語で教育をする権利,教育を受ける権利を有する。憲法で明文規定された法的権利義務であり,革命の大義である。それなのに,現実は,その自分で定めた目標,法的権利義務を自ら率先して無視し,英語帝国主義にひれ伏している。

ヒマラヤの山奥やタライのジャングルで,”How do you do”なんて言ってみて,何になる。丹後半島のわが村で,丹後弁を唾棄し,アメリカ幼児語の口まねをするのと同じことだ。

ネパールは,低俗権力語・英語に自ら隷従し,二,三世代もすれば,諸民族の誇り高き文化も伝統も根こそぎ失われてしまうであろう。
英語買弁企業の宣伝(バグバザール)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/17 @ 12:04

カテゴリー: 教育, 文化

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