ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

イスラム協会書記長,暗殺される

26日午後1時半頃,加徳満都で「ネパール・イスラム協会」書記長のファイザル・アフマド氏(35歳,あるいは40ないし41歳)が,バイク2人組に銃殺された。頭,首,胸など全身に十数発の銃弾を受けたとされるから,確実な殺害を意図した白昼の暗殺である。

暗殺現場は,加徳満都のど真ん中,トリチャンドラ校前,ラニポカリ警察署横で,いつも多数の人通りがある。アフマド書記長は,トリチャンドラ校・ラニポカリ署向かいのジャメ・マスジット(イスラム教モスク)での礼拝後,近くの事務所に戻る途中であった。

アフマド書記長は,国際イスラム大学(パキスタン)で経済学,アリガ・イスラム大学(インド)でイスラム学を学び帰国,ネパール・ムスリムの青年リーダーとして頭角を現し,「ネパール・イスラム協会」書記長となり,協会8委員会の一つAl-Hera Associationを担当,イスラム教育に尽力していた。

そのアフマド書記長が,礼拝後,殺害された。これは,常識的に見て,白昼の暗殺であり,「脅し」「見せしめ」と考えざるを得ない。
ジャメ・マスジット。左下が警察署,左上方がトリチャンドラ校(2007.3.26)。

実は,これと瓜二つの事件が,2010年2月7日にもあった。Jamim Shah殺害事件である。ジャミム・シャハ氏は,メディア起業に成功し,スペースタイム・ネットワーク会長,チャンネル・ネパール会長となっていた。そのシャハ氏が2月7日昼過ぎ,車で帰宅途中,ラジンパットの仏大使館近くで,バイク2人組に銃で至近距離から頭や胸を撃たれ,死亡した。確実な殺害を狙った白昼の暗殺といわざるをえない。

ジャミム・シャハ氏は,インド筋から,ISI(パキスタン情報局)の手先と非難されていた。そのため,シャハ氏暗殺にはインドが絡んでいると噂され,事件解明が繰り返し叫ばれてきたが,今のところめどが立っていない。おそらく迷宮入りであろう。

今回のアフマド氏殺害と昨年のシャハ氏殺害は,構図が同じである。加徳満都の人通りの多い表通りで,白昼堂々と,2人組が至近距離から銃を頭や胸に向け発射する。人前で確実に射殺することを意図した政治的・宗教的暗殺であることは明白である。

しかし,ネパールでは,これを明言・公言することはタブーである。誰にも分かっている。しかし,それを明言すれば,大変なことになる。言えないこと,言ってはいけないことなのである。

ここで危惧されるのは,民主化・自由化の別の側面である。以前であれば,タブーへの暗黙の社会的了解があった。むろん非民主的なものだ。ところが,革命成功のおかげで,そうしたタブーが次々と解除され,見聞きしたこと,思ったことをそのまま語ってもよいことになってきた。キリスト教墓地問題もその一つ。革命スローガンの包摂民主主義は,アイデンティティ政治であり,それによれば誰でも自分のアイデンティティを主張してよいし,主張すべきである。もはや暗黙のタブーを恐れ,自分のアイデンティティを曖昧なままにしておく必要はなくなった。

こうした状況の下で,もし力をつけつつあるイスラム社会が,ジャミン・シャハ事件やアフマド事件を政治的・宗教的暗殺と明言し,抗議行動を始めたらどうなるか? 悲惨,凄惨なコミュナル紛争の泥沼にはまりこむことは避けられないだろう。世俗的人民戦争の比ではない。難しい事態だ。

暗殺は昔からあったし,今もある。加徳満都は,各国秘密機関が暗躍する,現代の日本では想像も出来ないほど緊張に満ちた,危険と背中合わせの政治都市なのである。

* Nepalnews.com, Sep.26; eKantipur,Sep.26; Himalayan, Sep.26; republica, Sep.26.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/27 @ 12:24