ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

早川教授訓告処分は大学自治の自殺行為

群馬大学の早川教授が,放射能汚染に関するツイッター発言を理由として,大学長より訓告処分を受けた。新聞報道は,次の通り。
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群大教授暴言「福島の農家はオウム信者と同じ」(読売新聞,2011.12.9)
 福島第一原発事故による放射能汚染地図をいち早く作製したことで知られる早川由紀夫・群馬大教授(55)(火山学)が、簡易投稿サイト「ツイッター」に、福島県の農家をオウム真理教信者にたとえる書き込みをしたなどとして、同大は7日付で訓告処分にした。
 同大によると、問題になったのは「セシウムまみれの水田で毒米つくる行為も、サリンつくったオウム信者と同じことをしてる」「福島の農家が私を殺そうとしている」などの書き込み。早川教授は8日、記者会見を開き、「放射能の危険性を多くの人に迅速に伝えるために、あえて過激にした。処分は学問の自由を奪う行為で、大学の自殺」と批判した。同大の堀川光久総務部長は「研究成果とは言えず、言論統制ではない。大学にも多数の苦情が来ている」とし、改善されない場合は懲戒処分も検討するとしている。
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この記事によると投稿発言は著しく穏当を欠くようにみえるが,教授の発言全体の文脈の中におくと,必ずしもそうではない。たしかに上品とはいえないが,大学長が権力を行使し,訓告処分にすべき事柄ではないように思う。問題は,2つある。

1.ツイッターの危険性
1つは,ツイッターの限界。前後関係,文脈の中におかないと意味が正確に伝わらないような大きな問題について議論する場合,ツイッターの利用は適切ではない。早川教授の発言の真意を知るには,発言を次々とたどっていかなければならないが,それは大変面倒であり,たいていの人は途中であきらめてしまうだろう。

ツイッターは,たとえ本人は前後関係の文脈の中で発言しているつもりでも,読者にはそれは分からない。そのときどきの短い発言(つぶやき)が,文脈抜きで受け取られても仕方ない。ツイッターとは,そのようなものだ。

しかし,十分に注意すべきであるとはいえ,これは所詮,技術的な問題であるにすぎない。

2.「大学の自治」の放棄
早川教授訓告処分について,より憂慮すべきは,それが「大学の自治」「学問の自由」の大原則に反するのではないか,という点である。「訓告」書は次の通り。
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教育学部 教授
  早川 由紀夫 殿
                   国立大学法人群馬大学学長
                              高田 邦昭    (印)

                 訓  告

 貴殿は,インターネット上のツイッターにおいて,束京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に関連する個人的な意見を書き込んでいる。この書き込みの中には,福鳥県の被災者や農家の人々に対する配慮を著しく欠く,不適切と言わざるを得ない発言が見られた。
 このことから,平成23年6月16日,同7月20日に教育学部長から,さらに,同9月7日には本職から,貴殿に対してインターネット上のツイッターにおける不適切な発言は厳に慎むよう注意を行ったところである。
 しかしながら,貴殿は,その後もインターネット上のツイッターにおいて不適切な個人的意見を書き込み続けており,平成23年9月8日以降においても,貴殿の発言に対する苦情が本学,文部科学省及び国立大学協会に寄せられた。このような状況を踏まえて,同11月7日に教育学部長から貴殿に対して,インターネット上のツイッターにおける発言が問題になっていることから注意したところ,貴殿は「自分の考え方なので変える気持ちはない」と発言した旨報告を受けている。
 貴殿のインターネット上のツイッターにおける福島県の被災者や農家の人々に対する配慮を著しく欠く発言は,運営に要する経費の大部分を国費によって賄われている国立大学の教員として不適切な発言と言わざるを得ず,「本学の名誉若しくは信用を失墜する行為」を禁止する就業規則の規定に抵触している。
 さらに,本職及び教育学部長からインターネット上のツイッターにおける不適切な発言を慎むよう注意を行ったにもかかわらず,それに従わず,不適切な発言を改めないことは「本学の秩序及び規律を乱す行為」と言わざるを得ず,極めて遺憾である。
 よって,今後はインターネット上のツイッターにおける不適切な発言をすることのないようにされたい。
 以上,訓告する。
 なお,今後,不適切な発言が繰り返される場合は,懲戒処分を含む厳正な対応をとらざるを得ないこととなるので申し添えておく。
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第一に,ここで学長は「国立大学」と述べているが,群馬大学は正確には「大学法人」であり,教職員は「公務員」ではなく,失業(雇用)保険にも加入している。その限りでは,国庫助成を受けている私立大学と同じである。(経常経費運営交付金は国立大学法人45%,私立大学11%;中教審資料H21.8.5)。

「国費によってまかなわれている」のは私立大学も同じであり,群馬大学だけが特権的に国費によって食わせてもらって(賄われて)いるわけではない。

第二に,「国費によって賄われている国立大学の教員として」発言が不適切であり,訓告処分にする,というのは,「大学の自治」「学問の自由」の大原則に反する。カネを出すがクチは出さないのがまともな国家,カネはもらってもクチを出させないのが本来の大学だからだ。

ところが,「訓告」書によると,「苦情が本学,文部科学省及び国立大学協会に寄せられた」ことが,処分の理由のようだ。各紙もそのように報道しているし,もし仮に苦情が大学当局や文科省,国立大学協会に寄せられなければ,このような処分はなかったであろう。学長は,文科省や国立大学協会を介した苦情を受け,大学長の職務権限により早川教授に対しその種の発言をやめよと命令し,訓告処分にしたのである。

しかし,このような権力行使による発言禁止命令は,「大学の自治」の自殺行為であり,「学問の自由」を自ら放棄するものだ。

3.過激派教員の危険な研究
そもそも大学は,ラディカル(radical)に研究し教育するところに,その本来の使命がある。ラディカルだから,当然,その研究は「過激」であり「危険」である。特に権力や多数派にとっては。「危険」でない研究など,研究に値しない。

大学は,そうした「過激派」教員の集合体だから,世間や常識とは別の――ときには浮き世離れした――「精神的貴族主義」の立場を取らざるをえない。大学は「学問共同体」であるべきであり,したがって大学当局は国家権力や企業からの圧力,あるいは国民・住民の「声」に屈服し,学内「過激派」教員を黙らせるようなことはしてはならないのである。

このことは,大学教員の身分保障からも傍証される。「過激」で「危険」な研究をすることをもって天職とする大学教員は,他のどの職以上に,手厚くその自由と身分を保障されている。教員は,刑法犯罪や著しい職務怠慢などを除けば,解雇されることはまずない。

大学にはこのような「自治」が,そして教員にはこのような特権的「身分保障」が認められているのは,大学における「過激」で「危険」な研究が社会にとって結局は利益になるからである。大学の「過激派」教員の権力的抑圧は,長い目で見ると,社会の損失である。

その一方,大学教員は「精神的貴族」だから,当然,noblesse obligeをもつ。教員は「学問共同体」における厳しい評価を甘受せざるをえないし,あらゆる危険を顧みず研究成果を世に問わざるをえない。また,たとえ誰からであれ批判されれば,それが意味ある批判であるなら,他に依存することなく自らそれに答えなければならない。自由には当然責任が伴う。それが「精神的貴族」たる大学教員の矜持である。

4.産官学協力への流れに抗して
以上は,もちろん「大学の自治」「学問の自由」の理念型であり,どこまでその理想が実現されているかは,私自身,内心忸怩たるものがある。

しかし,身の程もわきまえず,あえて自明の大学論・学問論の初歩を述べたのは,群馬大学に限らず,日本の大学が競って産学協力産官学協力に走り,最先端は産官軍学協力にさえ向かいそうな現状を危惧するからである。

いかにも書生っぽく嫌みかもしれないが,大学はやはり「真善美」に奉仕するラディカルな存在であるべきであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/12/14 @ 16:30

カテゴリー: 教育, 文化

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