ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

鄧小平伝出版,日本モデルから中国モデルへ

ネパールで鄧小平伝が出版された。
Pushupa Ahikari, Deng Xiao Ping and Hong Kong, Strategic Policy and Research Institute of Nepal, 2011.

Pushupa Adhikari: トリブバン大学政治学部准教授,国際関係論,中国研究。1996-2000年,中国滞在。LSEアジア研究センター,フェロー。SANGAM研究所元所長。

私は,著者についても戦略研究所についても何の知識もない。新聞記事によると,本書の出版披露をしたのはNCのラムシャラン・マハト氏なので,そちらに近い方かもしれない。また,「SANGAM元所長」と紹介されているんので,その方面と関係がある方なのかもしれない。今のところそうしたことは分からないが,いずれにせよ,この状況下で鄧小平伝が出版されたことは,興味深い。

ネパールでは,統一共産党(UML)はもともと改革開放路線であったが,マオイストはそれを修正主義として厳しく批判し,中国共産党とも敵対関係にあった。プラチャンダやバブラムは,毛沢東思想を正統に継承するのは中国共産党ではなくネパール・マオイストだ,と主張していた。

ところが,マオイストはいまや体制内最大政党,永久(永続)革命の毛沢東主義ではやっていけない。プラチャンダやバブラムは,事実上,鄧小平改革開放路線に転向した。

これに対し,四人組に相当するのが,バイダ副議長,ラムバハドール・タパ(バダル)書記長,チャンドラプラカシ・ガジュレル(ガウラブ)書記ら。彼らに近い「赤星」記事によると,マオイストは事実上すでに分裂しており,公式決裂は時間の問題だという。

もちろん,ネパール四人組にとっても,既得権益は甘~く,おいしい。少々のことで正式決裂はせず,ギリギリまで党内権力闘争を戦うであろう。

この鄧小平伝は,こうした政治状況下で出版された。著者は,何かとウワサのSANGAM研究所の元所長。出版披露はNCのマハト氏であり,そこにはヤン駐ネパール中国大使も出席し,鄧小平理論の受容拡大への期待を表明した。なかなか,複雑。

が,いずれにせよ,ネパールにおいて,開発モデルが日本などから中国に移りつつあることは確かなようだ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/01/08 @ 17:37

カテゴリー: マオイスト, 中国

Tagged with