ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

民族州の妖怪

1.民族州の妖怪
新憲法案の策定期限が近づき、いよいよ民族州――アイデンティティ政治――の妖怪が、あちこちで跋扈し始めた。民族州に関する各党派の主張は次の通り。

■マオイスト急進派(バイダ派)、マデシ急進派
 民族州。民族自治。民族・アイデンティティを基礎に州を画定。14州以上。
■マオイスト体制派(プラチャンダ議長、バブラム首相)
 民族を基本としつつも、多元アイデンティティ容認。10州案。
■UML
 民族 + 多元アイデンティティ。12州案。
■NC
 民族州は認めない。経済的安定性、地理的まとまりを考慮し、州を画定。7州案。
■王党派
 単一国家。立憲君主制。「国民」アイデンティティ重視。

2.「民族」の政治的利用
「民族」については、そもそもマオイストが革命に利用してきた。マオイストは、マルクス主義政党であるにもかかわらず、「階級」は名のみで、実際にはもっぱら「民族」に訴え、「民族」を動員し、人民戦争を戦い、勝利した。その限りでは、バイダ派の「民族州」要求は一貫している。

しかし、「民族」あるいはナショナリズムは、強力なだけに副作用も大きく、下手に利用すると、その魔力に取りつかれ、破滅をまぬかれない。この観点からは、「民族」を革命に利用し、勝利すると、それの棚上げを図るプラチャンダの方が、政治的には成熟しているといえる。

UMLとNCは、マオイストを王政打倒に利用しただけで、「民族州」については、程度の差はあれ、積極的ではない。

3.「民族州」の陥穽
「民族州」については、実際には実現不可能であり、もし強行すれば、極めて危険なことになる。

ネパールのどの地域を見ても、1民族ではありえない。そして、実際に問題になり、本当に守るべきは、民族州を構成しうるほどの大民族ではなく、そうした地域内の「少数民族」の方である。

たとえば、タマン州がつくられタマン自治が認められたら、その州内の他民族が不利な状況に追い込まれることは明白である。

そうした状況を回避するには、すべての民族に自治権を与える、つまり百数十の自治州をつくるか、あるいは各州ごとに「民族浄化」を実施し、「単一民族州」を実現する以外に方法はない。しかし、いずれも実行不可能なことは、いうまでもない。

4.単一国家の地方自治
以上を考え合わせると、連邦制採用それ自体の妥当性が問題になる。本当に、連邦制にせざるを得ないのか? なぜ、単一国家の地方自治拡充ではいけないのか?

旧体制の頑迷固陋を考えると、「革命」が歴史の要請ではあろうが、革命にはそれ相応の危険が伴う。可能なところでは、最大限「改良」の努力を惜しむべきではあるまい。

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/30 @ 11:06