ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

名無し11州案

4党玉虫合意の連邦制案によれば、州の数は11だが、名はまだない。漱石の猫には名はないが、これは別格、一般に名のないものは存在しないに等しい。


(Telegraph)

これは、古来、実在論vs唯名論として盛んに議論されてきた、哲学的には難しい問題だ。しかし、日常生活で考えるなら、名(名前・名称)は単なる記号ではなく、本質である。

私たちは、物事に名をつけることによってはじめて、それをそれとして識別できる。名無しの権兵衛は、いわば「物自体」であり、識別できず、したがって存在しないも同然だ。人間にとって、名前こそが本質であり、名付ける者が所有者・支配者となる。逆に言えば、名を明かすことは身を任せること、名を奪われることは存在を否定されることである。このことに関しては、夫婦別姓問題との関連で、幾度か議論してきた。ご参照いただきたい。
 ■夫婦別姓

さてそこで、名無し11州案である。いくら11州と決めても、名無しでは、実際にはほとんど何も決めたことにはならない。名付け親は誰か? それもはっきりしないのに、命名は無理だ。

無難にいくなら、東西南北や山河の名称がよい。それも難しいなら、第1州、第2州・・・・、あるいはア州、カ州、サ州・・・・と命名し、公平のためローテーションとする。結局、従来の開発区名、県名でよい、ということになりはしないか? それでよいようにおもうが、いかがなものか。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/05/18 @ 11:14

カテゴリー: 憲法, 民族, 民主主義

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