ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ツイッターの心地よさの恐ろしさ

遅まきながらツイッターとファイスブックに登録し使用し始めたところ,便利な反面,これはたいへん危険なメディアであることに気づいた。

1.自家中毒
すでに周知のことであろうが,ツイッターでは自分にとって関心のある情報を集め,関心を持ちそうな人に向けて自分の意見や情報を発信することができる。

無限にある玉石混淆の情報や意見の中から,自分好みの情報や意見だけを集め,自己確認し安心を図るだけでなく,集めた意見や,それらにより補強した「自分の意見」を同好の士に向け発信し同調してもらい,自己確認と安心をさらに強化し,満足を得ようとするのだ。

これは意見の自家中毒である。ツイッターを使い始めたとたん,同調と同調による自己確認の抗うがたき心地よさと自家中毒の恐ろしさに慄然とした。ある意味では,ハッシシ以上に危ないかもしれない。

2.My朝日新聞
これに対し,新聞など伝統的メディアの特徴は,プロの目利きジャーナリストによる情報の収集,選択,分析と,紙面へのそれらの一覧表記にある。記事は何段階かの校閲を経たものであるし、関心のある記事あるいは聞きたい意見のそばには,別の記事や意見もある。いやでも,それらに目が行き,ちらっとでも見ることになる。(新聞等の御用化については別に論じる。)

ところが,ツイッターはそうではない。よほど自覚的に操作しないと,好みの情報,聞きたい意見しか,入ってこなくなる。ツイッターは,はまればはまるほど,情報批判がおろそかになり,視野狭窄に陥り,異論は罵詈雑言の対象でしかなくなる。短文,言いっ放しが,この悪循環に輪をかける。

むろん,ツイッターだけではない。伝統的メディアの中核たる新聞もまた変質し始めた。たとえば,朝日新聞。部数減に焦り,デジタル版を出したが,その目玉の一つが「あなたに合わせてニュースをカスタマイズ」する「My朝日新聞」。

つまり,朝日新聞が自ら一覧性という新聞の最大の武器を放棄し,ツイッター型メディアにすり寄っているのだ。学生顧客主義が大学の自殺行為であるのと同様,これは新聞の自殺行為だが,背に腹は代えられないらしい。

3.ネパールの「反社会的」社会メデイア
こうしたネット「社会メディア(social media)」のもつ危険性は,日本よりもむしろネパールにおいての方が切実なものとして感じ取られている。

ネパリタイムズ社説「反社会的メディア」(6月22-28日号)によれば,ネパールではツイッターやフェイスブックといったネット社会メディアの利用が急増し,たとえば先のマオイスト分裂についても,大手メディアよりも先にツイッターやファイスブックで情報が広まり,意見が交換された。世論は,いまやこうした社会メディアにより形成され,発信され,政治や社会を動かし始めた。

しかし社説によれば、ツイッターなど社会メディアは、「開かれた公共空間」というよりは、「意見のゲットー」化により「社会分断」をもたらすもの、「自家中毒型意見交換の共鳴箱」となるものである。「ヘイトスピーチ(嫌悪発言)」が共鳴増殖し、民族差別・カースト差別などコミュナリズム(排他的自集団中心主義)が激しくなり、自家中毒の悪循環をもたらす。

4.ツイッターの心地よさと恐ろしさ
ツイッターは、たしかに便利だし、何よりも心地よい。ほしい情報だけを収集し、聞きたい意見だけを聞くことができる。短文の情緒的絶叫により同好の士を集め、大量動員することもできる。しかし、その反面、ネパリタイムズ社説の警告するような恐ろしさがあることもまた確かだ。

日本はもともと「一民族、一言語、一文化」であり、「一億一心」「一億火の玉」になりやすい。ツイッター以前から、ツイッター型社会であり、その恐ろしさに鈍感である。

ツイッターの心地よさの恐ろしさを敏感に感じ取っているのは、むしろ多民族・多言語・多文化のネパールである。

ネパールは、情報化でも、いくつかの点で日本より先を行っている。謙虚に学ぶべきであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/06/24 @ 21:10